貴方に愛を捧げましょう


そこで漸く術を解いて襖を開けて廊下を出た彼は、どうやらその瞬間に葉玖と鉢合わせしたらしい。廊下を出たところで立ち止まっている。

無意識に両目を軽く擦りながら様子を窺う。……短時間だったけど、青白い炎に包まれていた部屋にいたせいか、廊下から陽射しがやんわりと入ってきているだけなのに視界が妙に明るくなって変な感じがする。

それも数回目を軽く擦っていたらすぐに収まったけど。

ふと葉玖が何か言っているのかは聞き取れなかったけれど、彼の兄の言った言葉ははっきりと聞こえてきた。


「そう険しい顔をしてくれるな、もう話はついた。お陰で我は、お前の媛を相当気に入ってしもうた」


そこで再び葉玖の話し声が耳に届いたけれど、その声音が余りに低くて言葉の一句一句が聞き取れない。それだけで彼の機嫌が相当麗しくない事が窺えて、少し可笑しく思えてしまう。

それは彼の兄も同じようで、軽快な笑い声が遠慮なんて知りませんとばかりにそれは盛大に響いていた。


「だが、お前とは未だ話をせんとならん。──ああ、先に媛と会ってからで良い。もう暫く此処に居させてもらうつもりだからの。お前の気が済むまで戯れてから、再度話そうではないか。それで良いな?」


戯れて……って。他に言い方ないのだろうかと思いつつ、口元を緩めてしまう。あの言い方だと、きっとわざと葉玖を困らせているんだろう。

──…さてと、約束通り彼を呼んてあげよう。

彼らの会話が切りの良さそうなところで途切れたのを見計らって、口を開いた。


「……葉玖」


彼の名を紡いだ瞬間、ふわりと薫る甘く芳しい匂い。それを目一杯吸い込みながら、目の前に現れた美しい姿に向かって腕を伸ばした。

驚きに二つの黄玉が見開かれたのを見つめながら、指や腕にするりと絡みつく髪ごとしなやかな身体を抱きしめる。

ああ……ずっとこうしていたい、なんて。こんな事を誰かに対して思う日が来るなんて、思わなかった。


「由っ……!」

「こういうのって、されて嬉しい…?」


彼を抱きしめたままベッドに引き込んだあたしは、耳元に唇を寄せてそっと囁く。

けれど返事はない。固まったように身動き一つしない。


「あたしは、こうしていると……安心するけど」

「……っ」


……どうして返事がないんだろう。


「嬉しくない…?」

「いいえ……とても、とても嬉しいのです。ただ…──」

「……ただ?」


そこで彼は再び押し黙ってしまう。もう……一体なんなの。


「あなたのお兄さんに、せっかく訊いてしてみたのに。あなたにしてあげて喜ぶこと」

「兄上に……」


それだけ小さく呟いて再び黙り込んだ彼から身体を少し離して、様子を窺ってみた。


「なんとか言ってよ…──」


って、あ……。


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