貴方に愛を捧げましょう
「ん……。体調が戻ったらね……」
微かに笑みを浮かべた口元に視線を移した彼は、再び唇を寄せるとそこにキスを落とす。はっ、はっ、と呼吸を乱して口を開いた瞬間、何故か咥内に指を入れられて。
繊細な指先に舌を捕らえられ弄られるけど、お陰で呼吸はしやすくなった。
「んむ…っ、ぅ、あ……っ」
「小さく可愛らしい、熟した果実のような…──ああ、この様に……」
彼が一体、何に対してそう言っているのか分からないけど。でも、消え入る声と共に再び肌に落とされる唇の熱が気持ちよくて……このまま瞼を閉じて感じ入ってしまいたい。
ゆっくりと深呼吸し、ようやく呼吸が落ち着いてきた頃に彼の指が咥内から抜けていく。同時にあたしの唇からキラリと瞬きながら糸を引いた唾液を、葉玖の舌が艶かしく嘗め取った。
その様子を徐にやって来た眠気によって狭まる視界で捉えながら、ふと何の気なしに訊いてみる。
「葉玖、あなたは今……幸せ?」
すると彼は驚いた様子で一瞬の間固まってまう。けれど次の瞬間には、見ると虜になりそうな程に甘美な笑みが浮かんで。
「ええ、貴女をこの腕に抱いている今が。貴女を愛しく想う事が……幸せ、なのです」
「……そう」
珍しく微かに色付く滑らかな頬に手をやり、そっと撫でてみる。この繊細で儚げな頬を打ったのが昨日の事のように思い出されて。
同時に、先ほど葉玖のお兄さんがくれた言葉も思い出す。
『そなたは葉玖が愛した者なのだぞ、あやつの心を惹くものを確かに持っておるのだ』
そんなもの、あたしのどこにあるっていうのだろうか。
『そなたは自信を持って葉玖に愛されておれ』
それで葉玖は何か一つでも報われる事がある?
「あたしが、あなたを愛せなくても…?」
目の前にある浮世離れした美貌が微かに切なげに歪み、けれど懸命に笑みを浮かべようとして痛々しいまでに映る微笑みが張り付けられる。
終いには視線さえもどこか遠くを見るように逸らされ、彼は答えた。
「──…ええ、そうですね……」
封印から解放された今も尚、嘘が吐けないらしい。彼自身の様子が全てを語っている。
今にも涙を流してしまいそうな、苦悩に潤む瞳を覗き込むと、彼は瞼を閉じて口付けようとした。けれどあたしはそれを掌で遮る。
それに気付いて驚いたように顔を離して目を見開く彼に、強く告げた。
「嘘吐き」
漸くやって来た眠気に瞼を重くしながらも、手を彼の唇に滑らせて示す。あたしに嘘を吐かないで。吐いたってきっと、あたしはその嘘を見破ってしまうだろうから。
それに……今にも涙を流しそうな、切なさに心を引っ掻かれたような、そんな表情をしてほしくはない。