貴方に愛を捧げましょう



「私は……貴女がこの腕の中に居て下されば、私にその眼差しを向けて下されば、それで……」

「あなたが前に、あたしに言った事を撤回して」


微かに震えた声で話す彼を無視して、説明も無くそう言ったからだろう。今度は見えない話の内容に、意思の強そうな眉を僅かに潜めたのを確認してから言った。


「あなたを封印から解いた直後に言ったでしょう。あたしからの好意は求めない……と。まだ有効なら、撤回して」


多分……いや、これは推測だけど当たっているだろう。

葉玖はあたしに告げた言葉を、自分自身への“縛り”としていたんだと思う。

あたしからの好意は求めないと告げておけば──そして本当にあたしから葉玖へ決して好意が向けられなくとも、一方的ではあってもあたしを想うことが出来るのなら。

叶わない望みが膨らみ、それがどこまで膨らみ続こうとも。それは報われる事はないと、自ら告げた言葉のストッパーによって割り切ることが出来るから。

でも、それが実際に出来ていたのかは……彼だけが知るところ。


「それは、どのような……」


困惑と、ストッパーが外れかかっているような何ともつかない微妙かつ曖昧な表情を、じっと見つめる。


「それで…──あなたがくれる愛に、あたしが応えられるように」


腕を伸ばして、まるで上質な絹糸に手を絡ませるような感覚を肌に纏わせながら、彼の首に腕をまわして身体ごと抱きしめる。

肩口に戸惑う彼の息遣いを感じながら、言葉を紡いだ。


「あたしに、愛を教えて」


その瞬間は、葉玖の身体は固まって微塵も動きをみせなかったけれど。


「……、っ」


ふとしたところで、不意に力強く抱きしめられて。腕をまわしていた彼の身体は、震えていた。

顔を上げずに、多分何か答えたんだと思う。「勿論」と。けれどそれ以上は、身体同様に泣いている様子の震えた声で囁くものだから、はっきりとは聞き取れなかった。


「……葉玖」


ひたむきな想いを、無償の情を、ろくに目も向けず撥ね付け拒絶し、挙げ句の果てには酷い仕打ちで返してきたせいで、どれだけあなたを傷付けたのか……。そしてそれらに対して報いる事が、こんなあたしに出来るのか。

あなたの想いが報われたら、あたしが手ずから付け抉ってきた傷を……癒してあげられるだろうか。


「──…葉玖、そのままでいいから……聞いて」


暫くして、不意に思い出した事があって口を開く。

ベッドの上で抱きしめられ密着しているお陰でより確かに伝わる彼のぬくもりに体温が上がって、まるで日向ぼっこでもしているみたいに身体がぽかぽかするから、うとうとする意識に瞼を閉じてしまえば一気に眠気が襲ってくる。


「あなたのお兄さんと話してた時なんだけど……あなたが里に戻りたがらないからって、あたしにも来るよう頼まれたの」


葉玖が顔を上げた気配がした。あたしを抱きしめたまま、様子を窺っているらしい。頬に唇の感触もする。


「兄上が……?」

「そう……。だけどそれだけが理由って訳じゃなくて、あたし……あなたの里に、行ってみたい」

「里へ…?」


驚いているような声色が聞こえたと思ったら、今度は閉じたままの瞼に唇の感触がした。くすぐったい……。


「冬休み入ってからになるけど……連れていってよ、あたしも一緒に」


あなたの故郷がどんな場所なのか、見てみたいの。

そう彼の故郷を思い描こうしとしていたけれど、それはもう、途中から夢に刷り変わっていたかもしれない。

心地よい眠気に屈したあたしの耳はその機能を休め、彼の返答をきちんと聞く前には──既に眠りに落ちていた。


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