貴方に愛を捧げましょう


暫くそうしてから、ようやく立ち上がろうとすると。


「再度眠られるのでしょう…?」


あたしの手を取り、やけに決めつけたような言い種でベッドへ誘導しようとする葉玖を訝しく思いながら、部屋を出ようとする。

まだあたしの体調を心配しているから、にしては……表情が固い気がする。今の自身の体調の影響で、多少目が狂ってるのかもしれないけど。


「こうして起きてしまったんだから、下に降りるわよ。……また後で顔を合わせるのも嫌だから」


何か話があるんだろう。きっといつか話していた引っ越しの事だ。

まだ……葉玖に話してないんだっけ。まぁ、その話が出れば耳の良い彼にも聞こえるだろう。今わざわざしなくてもいい。


「そういえば、あの二人はどこ行ったの」


部屋を出て階段に向かう廊下を進んでいる途中、言いながらあの隠し扉が僅かに開いていることに気付き、中の様子を何気なく窺った。

部屋を真っ直ぐ突っ切った奥にある窓辺の縁に、葉玖のお兄さんが窓の外を見上げて座っている。膝の上に、あの控え目な女の子──刹を乗せて。

彼女の頭は彼の胸元に預けられている。あどけない表情で目を閉じているところを見ると、どうやら眠っているらしい。

……あの二人、一体どういう関係なのかさっぱり読めない。

彼の腕に抱かれている刹という子は、彼の事を「威千様」と敬称を付けて呼んでいるし、彼から一歩二歩引いた感じで……でも言うべき事はきちんと言いつつ接している。

いわゆる、主従関係なんだと思っていたんだけど……。

そこで不意に威千と目が合った。底光りする瞳があたしを捉え、そっと笑む。

やけに大切そうに抱え直した刹の頭に頬をくっ付けながら、彼は人差し指を立てて口元に当てた。

静かに、という合図。


それを見てすぐ引き返したあたしは、部屋に戻って積んだままの段ボールの一つを開いて中から厚い毛布を引っ張り出す。

振り返ってそれを目を見開く葉玖の手に渡して告げた。


「あなたのお兄さんに渡して。あたしので悪いけど、まだ使ったことないやつだから……彼らには必要ないかもしれないけど、使うなら使って。あの刹って子に」


葉玖に暖める術があるなら彼らにもあるだろうけど、あれでは見ているだけで寒い。何しろ狩り衣だけの姿だから。

そうして葉玖が何か言いたげに口を開きかける前に部屋を出て、今度はからくり部屋に目もくれず通り過ぎて下へ降りた。

葉玖が傍にいる時と違ってすごく寒い。腕を自分の身体にまわして廊下を歩いていく。

ああ……二人の声が聞こえてくる。こんな時ほど憂鬱な事はない。

けれど足を止めずに二人の居る部屋へ入っていくと。


「あら、起きてたのね」

「……うん」


そっちが起こしたんでしょ、と頭の中で呟いた。ここでわーわー騒いで自己主張するつもりはない。そんなのとっくの昔に諦めている。

それより気になるのは、お父さんがこっちに背中を向けて大きなスーツケースに荷物を詰め込んでいる姿。

あたしの予想はこの時点で当たったも同然になる。


「そういえば由羅、あなた学校長いこと休んでるの? 学校の先生から留守電入ってたわよ」

「風邪引いて寝込んでたの」

「そう。病院は行った? 保険証渡しているから行ってあるでしょう? もし診断書があるなら、学校来る時に持ってきてほしいって先生が言ってたわよ」

「分かった……」


どんどん憂鬱になってくる。もう話は終わりだろうか。

引っ越しの話は……忘れてる?


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