貴方に愛を捧げましょう


他人の……そういう場面をまともに見たことがないから、どういう反応をすべきなのか分からない。けれどこんな人の目があるところでするような事じゃないのは、あたしにだって分かる。

そもそも葉玖と同様、人間とはかけ離れた鋭い感覚を持つ彼らが廊下に出てきたあたし達に気付かないはずがない。

その証拠に、葉玖のお兄さんに捕まってキスされかけ──いや、もうその真っ最中でいる刹という子の顔は憐れなくらい真っ赤に染まってる。


「──兄上」


そこで後ろにいた葉玖があたしの腰にやんわりと腕をまわして引き寄せ、声を掛けた。

すると案外あっさりと顔を上げた彼は……どう見てもわざととぼけたような表情を浮かべ、その隙に囲われていた彼女は顔を真っ赤にしたまま何も言わずに、目にも止まらぬ速さで踵を返しその場を去った。

すぐにのんびりとした口調で「刹、戻って来んか」なんて優しく彼女を呼び掛けていたけど、もちろん戻ってくる気配はない。

それでも当の本人に悪びれた様子はなく、悔やむ素振りもない。むしろどこか楽しんでいるようにも見えて。


「愛らしいことこの上無い。そうは思わんか、葉玖よ」

「……」


葉玖は何も答えない。何故かと思って後ろを見上げてみると、どこか呆れているような表情に見えた……ような。

微かにため息も聴こえてきた気がする。答えに困っている、とか?


「昨晩、これを貸してくれた礼を言う」


そこで不意に声を掛けられて、顔を元の位置に戻した。目の前には友好的な笑みを浮かべる葉玖のお兄さんの姿。


「あ……どうも」


受け取ったそれは、昨晩葉玖に渡してそのままだった毛布。取り敢えず、使ってくれたらしい。


「ところでそなた、その様子だと学校とやらへ行くのだろう? その間、弟を借りてもよいか?」


そこで間髪入れずに問われ、あたしも何も考えずに頷いた。

そんなこと血の繋がった兄弟なんだから承諾なんていらないのに、なんて思っていたら。


「お話は昨日終わりました」

「いや、終わっとらん」

「……では、彼女が帰宅された後に致しましょう」


話くらい今すればいいじゃない、と視線で送ったところで葉玖は聞かない。

これは自惚れでも何でもなく、きっとあたしが心配だからって理由でついてくるつもりだ。昨日散々、ついてこなくていいって言ったのに。


「来なくていいよ、もう大丈夫って……」

「ほれ、お前の媛もそう言うておる」


それでも葉玖は浮かない顔をしている。あたしの身体にまわされた腕の力は弛まない。

この膠着状態がいつまで続くのか予想するより、彼の腕を先に払った。あたしを呼ぶ彼の声を耳に入れながら、彼のお兄さんの横を通り過ぎると同時に告げておいた。


「話し合いは、そちらでお好きにして下さい。あたしは一向に構わないんで」


そこで手首を掴まれたけど、構わずに歩き進めた。すると後方から葉玖へ釘が刺される。


「我と話す際に“分身”では許さんぞ。お前も解っておろうが、そちらにばかり神経を向けていては、会話に集中できんからの」


嫌味のない軽快な笑い声が、葉玖をからかうように密やかに廊下に渡った。


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