貴方に愛を捧げましょう
その後、暫くして……まるでタイミングを見計らったかのようにやって来た葉玖のお兄さんが申し出たのが──今、現在こうなるに至った要因だった。
きっと葉玖も、更々あたし一人で学校に行かせるつもりなんてなかったんだ。
彼のお兄さんが提案した、彼女を同伴に、というのは簡単に予測できたはず。他の物事に気を取られていなければ。
「……」
「……」
この刹って子……物静かだから、気にしなければ別に構わない、か。
律が彼女に気付かないといいけど。
学校に着くと十二時をまわっていた。もう少しでお昼休みだ。
ひとまず職員室に寄って診断書を担任に渡しておいた。その代わりとばかりに、休んでから今まで配られたプリントをどっさりと渡される。
容赦ないな……この先生。
「……もう、いいですか」
「……ああ」
愛想の欠片もない先生を見てると、まるで自分を見てるみたいだ、なんてぼんやり思いながら職員室を出ると、完全に気配を消したように静かに佇んでいる刹がいた。
学校に来る途中少し喋った後、それからは彼女と一言も話していない。それどころか、時々傍に彼女がいることを忘れてしまうくらいだ。……ある意味すごい。
「望月、さん…?」
「えっ……」
聞き覚えのある声に突然呼ばれて、反射的に振り返ってしまう。そこには──
「ああっ、やっぱり望月さんだ! 堀江くんに訊ねても知らないの一点張りだし、長いことお休みしてるみたいだから心配してたの…──あ、あれっ…?」
「……」
確か……霧島棗、と言っていたっけ。ポニーテールにされた長い癖のない黒髪が印象的で、背が高く健康的な様子の、いかにも人によく好かれそうな感じの子だ。
彼女は案の定、刹が居る方へ視線を向けていた。とても驚いた様子で。
「あの、その子って……?」
「……、気にしないで」
「えっ? あ、えーっと……」
狼狽えたようにあたしと刹を交互に見た彼女は、一端あたしに視線を戻したあと、何かを悟ったように落ち着いて話題を変えた。
刹は彼女の様子を見て微かに驚きの色を浮かべている。けれど何も口にはしなかった。
「えっと、体調はどう…? ちょっと痩せたように見えるけど」
「そうね……痩せたかも」
ものすごくあからさまに話を変えたのが分かる。
「まぁ、体調は大分ましになったかな……」
その方が一々説明せずに済むから助かるけど。
「棗ー、なにしてんの。食堂行くよー!」
「あっ、ちょっと待って……!」
「じゃあ、あたし教室に行くから」
彼女が向こうの方にいる友達に呼ばれたのを機に、あたしは教室のある方へ身体を向けた。
「あっ、じゃあ後でまた会いに行くね!」
「えっ……」
そんなことしなくていいよ、と言う前に彼女は手を振りながら向こうへ走っていった。
……あの子、なに考えてるのかよく分からない。