貴方に愛を捧げましょう
下に降りると、両親はどこにもいなかった。
仕事が趣味のような両親は、朝早く出て夜遅く帰ってくる。
それはいつものことで、物心付き始めた頃からそれが当たり前だと思ってたくらい。
だから両親が家にいることは少ない、というのが常日頃。
正直に言って、居ない方が気楽でいい。
一階に降りてきたのはいいけど食欲がなくて、代わりに身嗜みを整えるために洗面所へ向かった。
そこにある鏡の前に立って、部屋を出る前に持ってきていた七個のピアスを付ける。
後ろにいる彼の気配を感じながら。
……まさか、学校までついて来る気じゃないわよね。
さっきの事もあって、彼に話し掛けるのが億劫だったから、その時は何も聞かなかったけど。
あたしの予感は──残念なことに、大当たりした。
家を出ても当たり前のようについてくる彼は、まるで付き人のように、一瞬たりともあたしから離れない。
家から学校までの、約二十分間ずっと。
その間、数人の人達とすれ違ったけど、誰一人として彼に目を向ける者はいないようだった。
もしかしたら、彼の姿はあたしにしか見えてない?
なんて思ったりもしたけど。
今のところ、その事実を追及する気は全く無い。
だからあたしは、学校に着くまでひたすら沈黙を保っていた。
転校先の学校に着いて職員室へ向かう途中、誰ともすれ違わなかった。
多分、時間的に今はホームルーム中なんだろう。
良かった、ラクでいい。
あたしの少し後ろを歩く彼がいなければ、もっといいんだけど。
「……どこまでついてくる気なの」
「貴女のお側なら、どこまででも」
振り向かずに尋ねたから、彼がどんな表情をしていたのか知らないけど。
その声は、あたしの脳をじんわりと溶かすような、甘美な響きを伴っていて。
彼の全ては…──まるで、魅惑の塊だ。
それでも、あたしの心は絶対に揺れ動かない。