貴方に愛を捧げましょう


「人、じゃないって……?」


彼女は何かを堪えるように頷いた。そしてまた何か言おうと口を開きかけた彼女を、腕を掴んで引っ張り、近付いて止めさせる。


「あなた、そういうことを誰が聴いてるかも分からないようなところで言わないようにした方が身の為よ」


一瞬、律の事が脳裏に過った。生傷が絶えなかった小学生の彼の姿。だからこそ、こんな忠告めいたことを思わず言ってしまったんだ。

まるでお節介のようなことをしている自分にすぐに我に返って気付いて、強く掴んでいた彼女の腕を放して少し後ろに下がる。

彼女は感情豊かな瞳を丸くして驚いていた。


「えっ……? あっ、ごめんなさい望月さんのことも考えないで、私…っ」

「あたし…? あたしは別に気になんてしないけど……そうじゃなくて」


どうして自分じゃなく、他人の心配なんかするの。あたしの言いたいことがまるで伝わっていない。

そう思っていると──なぜか彼女は微笑んだ。


「心配してくれたんだね……ありがとう、望月さん。でも私、神主の孫娘だからそういうことは慣れっこなの。何か言われても気にしないし」

「……そう。なら、いいんだけど……」


意外な反応を返されて、思わず彼女から視線を逸らした。なんだか彼女と話していると調子が狂う。無下にもしづらくて、どうあしらえばいいのか……。

しかも慣れてるから何を言われても気にしない、って……。その言葉に一瞬、小学生の頃の律と被ってしまって複雑な気分になる。


「だからって……あたしと話したところで、あなたに何か得られるものはあるの?」

「得られるもの…? というか、望月さんと話したくて」

「……、それだけ?」

「えっ? それじゃあ、だめ……かなぁ」

「……っ」


なんの邪気もない、きょとんとした表情を見せた彼女に返す言葉が見つからない。そのうちに昼休憩の終わりを告げる予鈴が鳴ってしまった。


「あっ、休憩時間おわっちゃった……」


残念そうに呟いた彼女に、取り敢えず教室に戻ろうと声を掛けた。

教室へ向かって歩きながら、前を見つめて話す。


「……取り敢えず、話は聞くけど。こういう他人がいるところではしない方がいいよ。あなたがどう考えていても。特に……律の前では」

「うん……堀江くんがこういう話をしたがらないのは気付いてたから、直接的に言葉としては出していないの。私はそんなことないんだけど……人には視えないはずのものが視えるって、普通は嫌がるものだから」

「あぁ……」


だからさっき、二人が何について話しているのか分からなかったんだ。彼女がそこまで無神経な人ではなかったってことが分かって、やっぱり頭の悪い人ではなかったのだと改めて気付く。


「あと、言わなくても分かるだろうけど……あなたの好きな人との相談なんてされても、あたし何も答えられないわよ」


そこで唐突に駆けた彼女は、タンッ、と走り出す直前のように勢いづけながら方向転換してこちらに振り向く。まぶしいくらいの笑顔で。


「うん、でも話が出来るだけでいいの。ありがとう望月さん!」


そう言って、本鈴が鳴る前に急ぐように手を振ってから自分の教室へ走っていった。

ざわざわと未だ落ち着かない騒がしい廊下から、同じく落ち着かない教室へ戻る。律は不機嫌そうに窓の外を見つめていた。

自分の席に着いて、今度は本鈴を聞いた。

現国担当の先生が煩わしげな顔をして教室へやって来るのをぼんやり目で追いながら──ふと思った。


彼女……霧島さんが側にいても、不思議と落ち着いていた。課題を片付ける手を止めて廊下へ出向いて……こんなに煩わしいことはないというのに。

どうしてなのか……その現象を突き詰めたいような気もしたけど、やめておいた。


……ほんと、らしくない。


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