貴方に愛を捧げましょう


五限目を終えて次の休み時間、律は不機嫌そうに教室を出ていったきり最後の授業が終わってもホームルームの時間になっても、戻ってこなかった。

話がしたいと言っていた霧島さんも、昼休み以降は会わなくて。

けれどそのあと、学校を出る手前で「望月さん病み上がりなのに相手してもらってごめんね。話は今日じゃなくてもいいから、頑張って体調治してね!」と励まされた。

あたしは構わないけど、周りの目をもう少し気にした方がいいんじゃないかな。それでなくとも特異な視線を向けられているのに。

人によく好かれそうな彼女だからこそ、そういうことには鈍感なのかもしれないけど。


……とりあえず。今日は寄り道せず帰った方がいいだろうし、ちょうど良かった。

相変わらず寒々しい天候の中、振り返ることなく学校をあとにした。





──それから何事もなく家路に着き、玄関に入ると。


「両者共、寒い中よう帰ったの」

「只今戻りました」


目の前に笑顔で佇む葉玖のお兄さんがいた。少し後ろにいた刹は、淡々とした調子ですっと頭を下げている。


「体調の方はどうだ、悪化しておらんか?」

「……今のところ、大丈夫です」


冷えた体を温めるように、あたしの目も気にせず恥ずかしがる刹を引き寄せ抱き締めようとする威千を、こちらも構わず見上げ、礼を言う。

靴を脱ぎながら、ここから見える限り辺りを見回した。……おかしい。


「葉玖はいます…?」


思わずそう口にしてしまっていた。どうしたんだろう……ここにいないなんて。

自惚れではない、今朝の彼は確かにあたしを学校へ行かせようとすまいとしていたというのに。

とりあえず自分の部屋へ向かおうとすると、意図に気付いた彼が教えてくれた。


「そなたの帰りを待ちわびておったぞ。今は縁側に居る」

「……ありがとう」


それを知っても知らなくても、結局は縁側を通る。それが二階へ続く階段へ最短だから。

そして言われた通り、そこに彼はいた。

古い家だから隙間風だってそこそこあるというのに、どうしてこんなところで寝ているの。見ているだけで寒々しい。

近付くと、大きな金狐が丸くなって道を塞いでいる。どうして変化してるのかは分からないけど、どうやら……本当に眠っているらしい。

あたしだって普通に歩いているのに気付かないのかピクリとも動かず、規則正しくお腹の辺りが僅かに上下している。


「……ねぇ」


ここにいれば明らかに邪魔になるというのに、それを分かっていてここにいるのだろうか。

……だけど、それにしても。

葉玖が眠ってるところなんて初めて見たかもしれない。いつもあたしが先に眠って、起きた時には彼の方が先に目覚めていたから。

そもそもいつ眠っているのかさえ定かでなかったし。眠らなくても平気なのかと思っていたくらいだ。

そっとしておく……より、起こしてあげた方がいいのかな。


「葉玖……、……葉玖。帰ったよ」


この寒い廊下でも、身体が触れあっていなくたって傍にいるだけで彼の熱を感じられるというのに。外から帰ってきて冷たくなった手で彼に触れると、まるで中毒性のある何かに触れてしまったかのように手が離せなくなってしまった。

思わず大きな体躯に寄りかかり、顔を豊かな金毛に埋める。やっぱり……安心する。

するとさすがに眠りが覚めたようで。グル……と、微かに喉を鳴らす心地よい音が聴こえた。


< 191 / 201 >

この作品をシェア

pagetop