貴方に愛を捧げましょう
つり上がった細い目が開く。蜂蜜色の瞳がちらりと覗いた。
「──……、ああ……お帰りになられたのですね」
「珍しいわね、あなたが眠ってるなんて」
その瞬間、ふわりと暖かな空気が辺りを舞った。そして包まれる、人の姿になった彼の確かな力の込められた腕に。
「夢の中ならば、貴女に……逢えるかと」
「馬鹿ね、ちゃんと現実を見て。夢なんかじゃなくて」
手を彼の項にあてて下を向かせると、どこか虚ろげでぼんやりとした眼差しと目が合った。
「これがもし、夢であったなら……私は自らを怨みます」
「夢じゃないってば。……どうして信じないのよ」
そう訊くと彼はまた瞼を閉じてしまう。薄い青みがかった瞼をなぞると、ふっと白い吐息がふわりと零れた。
「じゃあ、これは夢での出来事……って事にしてしまうの?」
腕に掛かる金糸のような髪に指を絡めて、軽く引っ張ってみた。そこで再び二つの黄玉が長い睫毛の間から覗く。
「ぬくもりが……欲しいのです、貴女の……」
そこには先程まではなかったはずの熱い欲が渦巻いているのが鮮明に窺えて。それに気付いた瞬間、彼の温かい指先が不意に首筋を撫でた。びっくりして思わず跳ねさせた肩をしっかりと抱かれる。
暖房器具も何もない寒い縁側で、お互いの白い吐息が合わさり──混じり合った。
「っ、ふ……っ」
決して性急でない、落ち着いたキスなのに。ねっとりと絡み付く舌に、時折そっと吸い付かれる唇に、息がどんどん乱れていく。
ぬくもりが欲しいと言った彼に熱を奪われるどころか、身体は熱を上げていくばかりで。呼吸を遮るキスに声を漏らし、思わず葉玖の羽織をぎゅっと掴んだ。
そんなあたしに気付いて一端離れた彼は、さっきは見られなかったどこか安堵したような表情を浮かべていて不思議に思う。
「はぁ…っ、……な、に…っ」
「お帰りなさいませ」
微笑みながらあたしを抱えて立ち上がった彼は、二階へ続く階段へと向かいながらそう告げた。
「っ……、……ただいま」
息を乱しているのが自分だけだというのが不意に悔しくなって思わず睨むような眼差しを送ってしまうけど、そうしたところで彼には何の害もないらしく。
「もう一度、口付けの御許しを……」
是も非も言う間も与えられず、再び唇が重なった。
「ん…っ、──…っ」
「──はぁ…っ、く、るしっ……、んむ……っ」
息つく間もなく続けざまにされて、頭がくらくらしてくる。気付けばいつの間にか自分の部屋にいて、身体はベッドに降ろされていた。
そこでようやく解放されると思っていたのに、彼はそのまま覆い被さってくる。高い体温があたしをベールのように包み込んで。
「えっ……、葉玖…?」
鈍色の空の隙間から薄く夕陽の差し込む部屋で、彼の表情はどこか鬱として見えた。たった今まで微笑んでいたのに。
何がしたいのかまるで意図が分からず、無意識に白い滑らかな頬に手をあてる。するとその手は捕らえられ、変わって唇が押し当てられた。
「この脆く柔らかな身体に快楽を与え続け……溺れさせてしまいたい。貴女が……私から離れられなくなるように」
……なに、急に。
「──ぇ、っ……!」
不穏な言葉を聴いた直後、彼の手があたしの片膝の裏に手を差し入れ唐突に足を引き上げた。タイツに覆われた脹ら脛に彼が唇を押し当てる。
驚いて目を見開くと同時に僅かに覗いた白い犬歯が、ゆるりと甘くそこを食んだ。
「貴女はいとも簡単に私から離れてしまう……。ならば、貴女を…っ」
「……。あたしを、どうするの」
膝頭に唇を付けて黙り込んだ彼と見つめあう。
真面目に悩んでいる彼を目の前にしてなんだけど、これではまるでデジャブだ。今朝の繰り返し。
ニュアンスは違うけど言いたいことは同じなんだろうから。
「そう……ですね。貴女の意識が、夢現の判別も出来ぬ程に…──」
「……」
そこで再び何かを抑えるように黙り込んだ彼は、あたしを抱え直して肩口に顔を埋めた。顔に彼の髪がかかってくすぐったい。首筋から薫る芳香に誘われて、あたしも顔をそこに埋めた。
もう……終わり? 気は済んだのだろうか。
珍しく眠っていたし、かと思ったら夢の話も……今しがたの言動だって。とにかく様子がおかしいと感じていたけど……ここに残ってあたしと離れたから?
一日だって離れていないのに。
だけど……、だから…?