貴方に愛を捧げましょう
「貴方の思うようにしてもいいけど」
「──……」
「あなたが、本当に後悔しないと思うなら」
あなたに本気で噛み付かれたら、ただのちっぽけな人間のあたしなんて敵わない。それはあたしも、そしてあなたも承知の上。
「でも……あなたも本当は解っているでしょう。あなたから逃げるつもりもなければ、もうあなたに離れてほしいと告げる理由もないんだって。前にも言ったはずだけど」
「貴女にとっての唯一の居場所が、私の腕の中だけであれば……どんなに幸せなことか」
「ふっ……それじゃあ今の現状とさほど大差ないと思うけど。あなただってそう思う、でしょ……。……なに?」
話している途中、急に顔を上げた葉玖が目を見張ってあたしをじっと見つめてくる。片頬に手をあて、唇に指を添わせて。
「今、笑われたでしょう…? 貴女は滅多に笑顔を見せられないから……拝見していたかったのです」
何かと思ったら、そんなどうでもいいこと……。
「貴女の微笑みに乱される私の心を、貴女に全て曝け出せたならどんなに良いか……」
「……、……馬鹿」
困ったように笑う彼に僅かでも翻弄されて、悔しくなって。思わず彼の胸を八つ当たり気味に拳で殴ってやった。
もちろん、彼にダメージなんて与えられるはずもないんだけれど。
「もう、着替えたいから放して」
「申し訳ございません」
「その言葉もそろそろ聞き飽きたわね」
皮肉っぽくそう呟きながら、ようやく落ち着いたらしい彼から解放されて制服を脱ぎ、スカート丈の分厚いパーカーに着替えながら「そういえば」と話題を変える。
「話はついたの? あなたが、あなたのお兄さんと何の話をしていたのか知らないけど」
「ええ、お陰様で。今後の事は整いました」
「へぇ……それって、あたしに関係無いこと?」
「いいえ、貴女には大いに関係有ります。貴女が長期の休暇に入られたら、私達の里へお連れする件で……少し」
「ねぇ、その件だけど……あなた達の里へは、一体どうやって行くの?」
電車か何か、公共機関のものを使って行くのかと思ったけど……この容姿の彼が何であれ乗り物に、なんて考えられない。
でも、人間に姿を見せないように出来るし……。
「私が手ずからお連れ致します。貴女には出来る限り温かい格好をして頂ければそれで……」
「ちょっと待って。手ずから…?」
それってどういう意味……。
「……あっ、そうか……」
そういえば、と不意に思い出す。
彼がここを発ったあの日、尊と共に一瞬にして消えたんだっけ。何か不思議な力を使って……っていうことよね。
……まぁ、それについては葉玖に任せよう。もう段取りは決まってるみたいだし。
「何か食べられますか…?」
「……」
それには答えず、一息ついてベッドの縁に座り込む。
結局朝ご飯は食べなかったからなぁ……。今もまだそんなにお腹空いてないんだけど、正直に答え……ない方がいいよね。
「……うん。もう少し経ったら」
もそりと呟くと、彼は困ったような表情を浮かべていた。
別に……困らせたい訳じゃない。本当のことだし、無理矢理食べても吐くだけだ。
また寒くなってきて冷えてきた手先を無意識に擦り合わせていると、それに気付いた彼が隣に座ってあたしを抱き寄せた。冷えた両手を引かれ、彼の掌に包まれる。
「あったかい……」
「……暫く会わない間に、髪……伸びましたね」
空いた方の手であたしの髪を束ねた彼が、首筋に顔を埋めて口付ける。その唇のあまりの熱さに、身体が微かに震えた。
それをなぜだか誤魔化したくて、またも皮肉っぽく「あなたの方が伸びたでしょう」と呟いた。