貴方に愛を捧げましょう


──次の日の朝。


「体調が優れない中、ご迷惑お掛けしました。御体どうぞ、お労り下さい……」

「突然に邪魔して悪かったな、由羅よ。次は愛すべき我らが里で会おうぞ。ではな!」


葉玖の実兄である威千は満面の笑顔で。彼に付き添うようにいた刹はご丁寧にきちんと礼をして。

やって来た時さながら、二人は唐突にうちを去っていった。


「……、えっ」


なぜか、歩いて。

あの二人、あのまま歩いていくつもりなのかな。ものすごく目立つと思うんだけど……。

まぁ、人に見られないように出来るから問題ないのか。


「あなたと尊みたいに、一瞬で消えたりしないのね」

「兄は旅をするのがお好きで……普段から必要以上に力を使わず、移動手段は徒歩が殆どなのです」

「へー……」


彼らの後ろ姿を見送って、家の中に戻る。私も学校に行く準備をしないと。


「……来るの?」

「お付き添い致します」

「……やめておいたほうがいいと思うけど」


自分の部屋に戻って制服に着替えながら葉玖を見ると、彼は腕を固く組んであからさまにそっぽを向いていた。

聞き入れる気はないってこと?

着替え終わってため息をつく。あたしが言えたものじゃないけど、ほんと頑固だ。


「もう……いいよ、好きにすれば」

「由羅……」


名前を呼ばれた瞬間、ふわり、芳しい甘い香りが押し寄せる。


「……由羅」


もう一度呼ばれて、額に、こめかみに、瞼に、唇が触れていく。


「んっ……」


なんだろう、ものすごく……甘やかされている気がする。例えその目的が機嫌を損ねたあたしを宥めるためのものでも、今は別にそれでもいいか。

……なんて、らしくないことを思ったり。





実際に学校へ来てみたら、律は休みなのか……来ていなかった。遅刻っていう可能性もあるけど、わざわざ遅刻してまで学校へ来るだろうか。

そんなことより今は、葉玖を嫌う律だけが問題ではない。


「──っ」

「……、何か御用ですか」


もともと少食の上に未だ食欲が戻らなくてわざと昼食を持ってこなかったら、それに目敏く気付いた葉玖に促されて渋々食堂へ向かうあたしの傍にいる彼に気付いたらしい霧島さんが、案の定あたしを呼び止めやって来た昼食時。

どこか冷めた視線を送る葉玖を見つめていた霧島さんが、彼に声を掛けられて漸く我に返ったのか、不意に少しばかり後退った。


「あ、あの…っ」

「霧島さん、彼にはあなたのこと言ってあるから。ここで話しをするのはやめておいて」


学校へ来る前、葉玖にはあらかじめあたしと霧島さんの間にあったことは話しておいた。

その時の彼の反応は奇妙な出来事でも聞いたかのようだったけど……今の彼を見ていると、警戒でもしているのだろうか。

それにしても、霧島さんは鈍感すぎる。

あたしと彼女以外の人には葉玖が見えていないのを分かっているはずなのに、素直に彼をじっと見ているのは、他の人からすると何も無い宙をじっと見ているのと同じなんだから。

霧島さんはいつもこんな感じなんだろうか。


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