貴方に愛を捧げましょう
霧島さんのことだから、周りの目なんて気にもせずにHRが終わったらあたしのクラスにやって来そうだから──終わったら校門を出てすぐの角の所ではち会うよう、前もって伝えておいた。
なんでこんなことになったのか……と今更になって他人と、霧島さんと隣り合って歩いていることに激しく違和感を覚えながら帰路に着いた。
「おっきなお家だねー」
「古いだけの家よ。なんの面白味もなくてつまらない、ただの建物」
前もって葉玖が開いてくれた外門をくぐって中に入れば、彼女から明るい声が上がる。両親が趣味で購入した家ということをふと思い出して苛立ち、あたしはその感想に無意識に冷たく返答した。
「私のおばあちゃんの家も、ものすごく古いの。きっとこの家より古いよ?」
私の冷たい言い種に気付かなかったのか、大きな瞳を目一杯開きながら楽しそうに辺りを見回している。そんな様子を見て思わずため息をつきながらドアの鍵を開けた。
「……そういえば、あなたってどこかの神社の孫娘なのよね」
「うん、小さい神社だけど私の大好きな場所なの」
「……そう。とりあえず、中に入って。寒いから」
「あっ、ごめんね! お邪魔します」
扉を閉めるのは彼女に任せて先に中へ入ったあたしは、案内も兼ねて客間代わりに台所へ彼女を招いた。ここにしかテーブルがないんだし、仕方ない。
そこの椅子に座るよう促して、自分も腰掛ける。暖房器具のないここの寒さに思わず膝を抱えてしまっていると、どこからか葉玖がやって来てあたしの部屋から持ってきた毛布を肩に掛けてくれた。
「あなたも何か掛けるもの、いる…?」
「ううんっ、私は平気だから気にしないで。ありがとう!」
「……っ」
じっとしていると殊更に寒さがこたえる。テーブルの下で微かに震えているあたしの手をすぐ傍にいる彼が取り、ぬくもりを伝えてくれる。
「……で、話したいことって?」
彼の影響だろう。この数分で妙に上がった室温に気付いて不思議そうな顔を見せた霧島さんを見つめて問いかけた。
早く終わらせてしまおう。そうしたらきっと、彼女に構われることはもうなくなる。
そう自分に言い聞かせながら、あたしの手をゆったりとさする葉玖の指の動きを無意識に追いかけた。
「あっ……うん、えっと……」
あたしの話の切り出し方が唐突だったせいか、彼女が歯切れ悪く相槌を打ちながらこちらを見て──そして、葉玖を見上げた。
そして意を決したように勢いよく言葉を紡ぐ。
「あの…っ、あなたは望月さんとずっと一緒にいようと考えてますか…!?」
「……?」
その質問にあたしもそうだけど、葉玖も同様に驚いていた。
そんなことが訊きたかったの? そう思う間もなく、彼はあたしの手を改めて強く繋ぎ深く頷く。
「ええ、勿論」
迷いなく答えた彼は、けれども訝しげに首を傾げた。多分あたしと同じ、どうしてそんなことを聞くのかと思ってるんだろう。
切なげな表情を浮かべる霧島さんは、尚も問いを投げ掛ける。
「人と……人ではない、人為らざる者と……共に生きていくことは……できるんですか?」
彼女は一体、何を考えているんだろう。あたしには思いもつかない。
そういえば……霧島さん、確か以前あんなこと言ってたっけ。
『私、好きな人がいるの。彼は私のためを思って、私を突き放そうとするけど……』
彼女のためを思って突き放す…?
『──でも、やっぱり好きなの。例え相手と自分に大きな違いがあっても、気持ちは変えられないし無くすことも出来ない。あなたは純粋な“人”だけど、彼は違う。だからこそ、あなた達がずっと気になってて……』
あたし達のことが気になってた、って……。
霧島さんの現状は分からないけれど、今分かったのは……そう、彼女の言う“相手”と生きていく事が叶う道は在るのか、ということなんだろう。
でも、その“相手”がどうして彼女を突き放そうとするのか……。相手が霧島さんのことを思ってのことだと言うなら、一緒にいるべきではない……なんて、あたしが言えることじゃないけど。
ふと我に返って、その要因である彼を見上げた。
「互いに、或いは一方に、種を超えて共に生きてゆく意志があるのならば……貴女の問いに対し、肯定する事が出来るでしょう」
「そう、ですか……」
葉玖の答えを聞いた霧島さんの反応は、あまりはっきりしたものではなかった。
口元にほっとしたような穏やかな笑みが浮かんでいるように見えたけれど、だからといって、その事実を知ったところで手放しで喜んでいるようにはとても見えなくて。
彼女は、一体……。
「貴女は一体、どのような者に想いを寄せておられるのです…?」
……あ。訊いた。
彼に視線を戻すと、人間離れした美しい横顔が一層のこと整って見えた。それは霧島さんに対して少し険しい表情でいたからか、探るような目付きをしていたからか……。
「その様に思い詰められるということは、相手が貴女を拒絶しておられるのか、或いは…──」
「それはっ……! あの……い、言えな、くて…っ」
「──っ」
……驚いた。
ここまで色々訊いておいて、自分のことは言えないなんて。よっぽどの事情があるんだろうけど、こんな……急に切羽詰まったような様子になるなんて。