貴方に愛を捧げましょう
「ごめんなさい…っ、尋ねてばかりいて自分のことは答えないなんて……。でも、あなたが言われる通りなんです……彼は、優しいんです。優しくて……だからこそ、私を受け入れてはくれない……」
胸の前で両手をぎゅうっと握っている様は、まるで今にも泣きそうな彼女が涙を堪えているのを現に表しているかのようで。
「だけど、どうしても彼を自由に……ううん、助けてあげたくて。でも、それは絶対に……しちゃいけない、ことで……」
微かに震えるような声で、最後には聞き取れないくらい小さな声で語られたそれに思わず耳を疑う。
彼を……自由に? 助けたい、って……。
その言葉を聞いて過ったのは、まず──出会った頃のあたしと、葉玖のこと。
でも明らかに違う、正反対なのは『助けたい』という気持ちがあの頃のあたしには無かったこと。
「言えない事があるんなら、それ以上話さない方がいい」
なんだか、これ以上は彼女に深入りしない方がいい気がした。……彼女自身も。
彼女の話を聞いていると、残酷だろうけど……もっと現実を見た方がいいんじゃないかと思えて仕方がなくて。
「あたしは今さら他人にどう思われても構わないし、後戻りも出来ないしするつもりもない。それに、彼は何を言って聞かせても離れようとしないから……そんな彼と一緒にいる時点であたしが言えた義理じゃないけど……でも、正直に言わせてもらう。人に話せないような人とは関わらない方がいいと思う」
「うん……そうだね」
「そうだね……って、本当に分かってるの?」
「うん……本当に、私もそう思うの…っ」
「……あっ」
霧島さんは……穏やかに微笑みながらも、静かに涙を流していた。
言い過ぎた。らしくもなく、咄嗟にそんなことを思ってしまった。
別に彼女からどう思われようと構わないと思っていたけど、まさか、こんな悲痛な表情を浮かべて涙を流すなんて……思ってもいなかったから。
だから……。
「でもね、もう何年も経つの。彼と出会って……彼を好きだと自覚して」
「……霧島さん」
「彼は私を思って突き離そうとして、それでも私は彼の傍にいたくて。そうして何年も同じことを繰り返して、前にも後ろにも進まない。進めない。どうすることも出来ないの……。優しい彼だから、私が彼の傍にいたいという願いを叶えてくれているの。それも私が……家族の目を盗んで、誰にも知られないようにして……」
ああ……そうか。あたし達のように、ここ最近の話ではなかったのね。だったら、あたしに口出し出来るような事ではないように思えてきた。
彼女の言うように、前にも後ろにも進めない状態でいるなら……こうして話をして、何か得られたものはあるのだろうか。
「……でもね、希望は持っていたくて。彼の傍にいたいから……だから、望月さんに話を聞きたいと思ったの。彼と生きていく希望をいつまでも諦めずにいられるように」
「──…そう」
自分は本当に無情な人間だなぁ、と……ふと他人事のように思った。
涙を流していても懸命に微笑んでみせようとする彼女の心情を、あたしには汲み取るどころか、どんな言葉を返すべきなのかも分からない。
「今日は話が出来て、本当に良かった。ありがとう…っ」
あたしと同じように黙り込んだ葉玖にもお礼を言っている彼女を眺めながら、意識は霧島さんの言葉に囚われていた。