貴方に愛を捧げましょう
──その後は霧島さんのことは頭の隅に追いやり、休んでいる間に溜まっていた課題に追われ、もちろん家でもしていた。
……していたんだけど。
かくんっ、と一瞬頭が船を漕いだ感覚がして目が冴えた。
……びっくり、した。
「もう夜も更けてきました。お休みになられては…?」
端からどう見たって眠気に負けているだろうあたしを見ての、真っ当な一言だった。
抵抗する気力は、ない。
愛着があるわけじゃないけど、ここだと他人がいないから気が抜けてしまったんだと思う。
うたた寝、してたみたい。
「ん……」
「……、勤勉ですね」
「ん……。え、勤勉…?」
あまり認めたくはない事実だけど一瞬は意識が途切れたとはいえ、解らない問題に引っ掛かった所を解くために参考になりそうな箇所を探して、教科書を捲っているところで声を掛けられたから、完全に生返事をしていた。
そんなところで彼がおかしなことを言うものだから……。
「なにそれ。……まぁ、なんでも無知なのは嫌だけど……あたしは勤勉ってわけじゃない」
「そんな、ご謙遜を……」
「だから、違うってば。何かに対して頭を使ってる間は……余計な事を考えなくて済むでしょう。本を読むときだってそう。読書自体嫌いではないけど、それだけじゃない。他に余計な事を考えなくて済むもの。だから──」
物心ついた頃から、そうだったように思う。両親の会話を極力耳に入れたくなくて、どんな本でもその世界観に没頭して他には何も考えないようにしていた。
勉強をしている時も、集中さえすれば他の何かを考えることも少なかったし。
癖付いているのかもしれない。
でも、今は……。
「……、なに」
物思いに更けかけたところで、葉玖があたしの頬に手を添えた。その感触に気付いて問い掛ける。
何を思ってか微かに眉をひそめる彼を見つめて、その真意を探ろうとした。
……けれど、思ったより疲れていたみたいでその集中力はすぐに切れてしまう。
眠気で霞む視界の中、ぼんやりと思った。
あなたにそんな表情をさせたいわけじゃない。どうしてあんなことを言ったのか……眠気で冴えない思考のせい、かな……。
本当は、この課題が冬休みに入っても終わらなくて持ち越すことになれば、その分……あなたの故郷に行くのが遅くなるから。
だか、ら……。
「もう、今日はいいや……。疲れたし……」
別に全部おわらせなきゃいけないわけじゃないんだけど……なんだか、意地になってしている気がする。……うん、病み上がりで無理をするのは良くない。
それに久しぶりに連日動いたからかな。大した日数でもないのに……すごく、眠い。
軽く欠伸をしつつ、しょぼしょぼと霞む眼を弛くこすった。
「あなたの手、あたたかくて……気持ちいい」
おまけに更に眠気を誘発させるような彼のぬくもりに、気を弛めた瞬間から全身の力が抜けていくようで。
「寝台へお連れしましょう」
彼の声すら夢心地の中で聴いているような感覚に陥りかけるも、意地になって彼の手を払おうとした──けれど。
「いいっ……、自分で、歩い……」
「身をお預け下さい」
「……っ、ん……」
腕に力が入りきらずに、意図せず彼の腕の中に身を委ねる形になってしまった。
さらりと金糸のような髪が頬から首筋にかけてを擽るようにして撫でていく。
「おやすみなさいませ」
「葉、玖……」
「叶うならば、私との……。……いえ、貴女にとって幸せな夢を」
それは、すごく暖かい夢が見られそうね……。あなたの現れる夢、なんて。
微睡みの奥深くへと落ちていく中、そんなことを考えた。