貴方に愛を捧げましょう
出来ることなら、この世から隔絶された場所へ行きたい。
この疎ましい人間的な意識から、解放されたい。
つまりは──無の世界へ。
夢うつつに周りの騒音を聞き流しつつ、澄んだ青が支配する空を窓越しに見上げながら。
そんな意味の無い事をぼんやり思っていると。
「ねぇ。えーっと、望月……さん?」
「……」
反射的に呼ばれた方へ振り向いた。
人懐っこそうな表情をした男子が、アーモンド型の目で真っ直ぐあたしを見ている。
声を出すのも億劫で“何か用?”と表情だけで示してみた。
「お昼ご飯は? 食べないの?」
伝わったみたい。
しかも、お昼ご飯……って。
──…そっか、もう昼なんだ。
取り敢えず、うん、と上下に頷いておいた。
分かったなら、もうあっちへ行って構わないで。
そう思いながら。
……けれど、その思いは伝わらなかったみたい。
「弁当持ってきてないの? 食堂の場所分からないとか?」
「食欲が無いの」
あまりにも話し掛けてくるから、警戒の意味も込めて、軽く机を叩きながら立ち上がった。
名前の知らない男子の体を押し退けて、ドアを目指す。
「何アレ、感じ悪すぎ」
「堀江くん、あんな無愛想な子放っておきなよ」
「そんなこと言ってやんなよ。来たばっかで、落ち着かないだけだって」
後ろからそう言い合う話し声が聞こえてきたけど、そんなこと構わない。
ここは煩すぎる。
授業が始まる頃には──また戻ってこよう。
勉強は嫌いじゃないし、考える事は好きだから。
口々に囁かれる、あたしに対する文句を聞き流しながら、取り敢えず教室を出た。
──…教室を出るまで、彼の事をすっかり忘れていた。
教室を出て最初に視界に入ってきたのは。
すぐ目の前の壁にもたれ掛かっている、異質な雰囲気を纏う彼の姿。
その間にも、あたしと彼の間を数人の生徒が通るけど、誰一人として彼の姿を目に留めない。
学校でいるには不釣り合いな和装姿なのに。あんなにも人間離れした容姿をしているのに。
皮肉にも、彼の姿はあたしの瞳にしか映らないらしい。