貴方に愛を捧げましょう
それでも、両親のする事に余計なことは考えないように、思わないようにするというのは……例え慣れていても、出来なくなる時がある。
両親の他に、あたしを苛むものがいる時。
自分の部屋に戻ろうと廊下に出ると、その元凶があたしを待っていた。
蜂蜜色の瞳が、じっとこちらを見つめている。
その視線から目を逸らし、彼の前をさっさと通り過ぎた。
彼を檻から出してしまったあの日から、三週間ほどが経った。
彼が常にあたしの傍にいる事には慣れてきたし、必要以上に話さないようにしてる。
そうしないと疲れるし、無駄な事は出来るだけ避けたいから。
でも……今は、何もかも不安定。
苛立ってるし、考え事が落ち着かない。
それを安定させるには頭も心も空っぽにして、無になる事が一番だというのは分かってるのに。
それが出来ない自分自身に対して、とてつもなく腹立たしい。
「っ……、はぁ…っ」
息苦しい……。
制服の襟は絞まってないのに、おまけに目眩までしてきた。
呼吸が異常なほど早いのは階段を上ってるせいじゃない。
原因は分かってる。
「はっ……」
自分の部屋に着いて襖を開けた途端、思わず膝をついてしまった。
次の瞬間、あたしの身体を支えようと長い腕が差し出される。
それをすかさず払い除けた。
何故か悲痛な表情を浮かべる彼に対して、何の感情も浮かばない。
それどころじゃ、ない。
「放って、おいてっ…!」
「ですが……」
「──…はぁっ、……っ」
呼吸を乱した身体は、それを整えようとしているのに。
そうすると胸が苦しくなって、だけど呼吸をするのは止められなくて。
……その悪循環。
苦しくて身を守るように丸くなって寝そべるあたしを、真上から見下ろす彼の顔が、目眩がするせいでぼやけていく。
突然、ふわりと身体が浮いた。
あたしの身体を抱き上げる彼に、抵抗らしい抵抗は、もはや出来るはずもなく。
目の前があっという間に黒に支配されていって。
「由羅様っ……!」
あたしは気絶するように、眠りに落ちた。