貴方に愛を捧げましょう
なにも要らない
その後──時々、彼の昔の事が気になると尋ね、意外にも素直に語ってくれた。
あんなに話すのを躊躇っていたのが嘘のように。
まるで本を読んでいるかのように、静かに、穏やかに。
そして合間に、声と表情に自身の感情を滲ませて。
主が死んだ事によって、再びあの檻の中に戻ると、一端意識が途切れるらしい。
ちなみに檻の中に入る事は強制的で、彼と契約した者の強い力で、檻に引き込まれるとか。
それがどれくらいの期間なのかは分からず、気が付けば、全く見も知らない場所に居ることもあると。
三度目に彼を檻から出したのは、まだ足取りもおぼつかない、幼い子供だった。
その子供は何の意図も無く、興味本意で封印を解き、彼を解き放った。
けれど、彼に束の間の自由を与えた子供の住む村は……狐を忌み嫌う者達が多く居るところで。
彼が“狐”の化け物だと知った子供の両親は、持っていた鎌を振り上げ、彼を刺した。
彼が封印を解いた者に従順であると知っても尚、その事実が変わることは無かったらしい。
それを聞いた時には…──さすがに、驚いた。
残酷的で、あまりにも衝撃的な内容だったから。
多分、彼の話し方が内容とは対称的に、何でもない事のような抑揚の無い語り様だったせいもある。
けれど彼は、あたしの驚きを別の意味で捉えた。
彼曰く…──
「肉体をただ貫く程度では、私の身体を滅ぼす事は不可能です。心臓を抉り取れば、さすがに死に至るでしょうけれど」
その時あたしは、微笑みながら何でもない事のように話す彼の思考回路は、最高にイカれていると思った。
自分がどこまでされれば死に至るかを、笑みを浮かべながら言うなんて。
きっと彼は、あたしの驚きが“何度となく刺されても何故生きているのか”という不思議から生じたと考えたんだろう。
確かに、それはそれで驚くような事ではあるけれど、そんな事は今更だ。
彼は普通じゃないんだから。
それは重々承知してるつもり。
彼をただ──異形の存在なのだと、殊更あたしに実感させただけってこと。
そしてとてつもなく憐れで、不憫だと感じたこと。
それだけは確か。
他にも様々な事を聞いたけど、どれも聞いていて気持ちの良いものじゃなかった。