貴方に愛を捧げましょう
彼の心は、自らの意思と自尊心を捨てて服従させられることにより、人間の欲に蝕まれてきた。
話を聞いて、それがよく解った。
蔑まれ、奴隷のように扱われ、私利私欲の為の道具にされて……。
それでも尚、彼は僅かな自由だけを糧にして生きている。
だからといって同情はしない。
それならいっそ死んだ方がマシだとあたしは思う。
檻の中でひたすらに自尊心を守るか、死を選ぶか。
あたしの場合は、その二択だ。
もちろん、あたしと彼は根本的に違う、それは分かってる。
だからこそ聞きたかった。
「死にたいと思ったことはない? 死んだ方が楽かもって考えなかったの?」
「いいえ……こうして人間に従い尽くすのは、私が過去に犯した罪を償う為なのです」
「罪?」
「ええ、償うには……余りにも大きな過ちですが」
彼は生きようとする本能が強く──きっと、何かに希望を抱いているのかもしれない。
そう、勝手に思っていた。
なのに、何気なく尋ねた質問に対して、こんな答えが返ってくるなんて思いもしなかった。
同時に、これ以上は何も聞かない方がいいと思った。
可哀想だからとか、傷付けたくないとか、そういう訳じゃない。
──…直感的に。
「由羅様は……私が何故この様に至ったのかを、お尋ねにならないのですね」
「聞いてどうするのよ、聞いてほしいの? 何もかも全てをさらけ出せと」
その言葉に対して、彼から返答を聞くことはなかった。
あたしもそれ以上何も言わず、お互いに見つめ合い、沈黙が続く。
つまり、彼の答えはノーってわけ。
「やはり貴女は、お優しい……」
ポツリと囁いた彼は、あたしの気分には決してそぐわない、安心するような笑みをそっと浮かべた。
その様子を見て思わず眉を潜める。
「前にも言った気がするけど……あなた、相当おかしいわよ」
「感じた事を率直に述べただけなのですが……」
「そうね、その時も似たような事を言われたわ。もっと他に言うことは無いの?」
あたしに向けられた蜂蜜色の瞳が、戸惑いに揺らぐ。
けれどそれは一瞬で。
「では……言い換えます。貴女の傍にいると、私の心は安らぐのです」
盆が過ぎ、夏休みも残り数日。
陽が沈みかけた、ある日の夕暮れ時。
彼の眼差しは益々穏やかに、そして温かみを増していた。