貴方に愛を捧げましょう
目的だった箱詰めのアイスを買ったあと、コンビニを出て直帰しようとした。
──…けれど。
少し歩いた所で、ふと見覚えのある風景が視界に映った。
行く時にそう思わなかったのは、行きと帰りで、風景が真逆になってるから。
それに……今まで、こっちのコンビニに来た事がなかった。
家を出て反対側にも、こっちに来るのと同じくらいの距離に、コンビニがあるから。
今日こっちの方に来たのは、単なる気まぐれ。
「由羅様、如何されました…?」
「ん……、なんだか見覚えがあるの」
そう呟いて、一歩踏み出す。
視線の先には、五階建てのこじんまりしたマンション。
家からも見えてはいたけど、ちゃんと見たことはなかった。
後ろにいる彼の眼差しを背中に感じながら、少しずつ前方のマンションへ近付いていく。
その下には、申し訳程度の小さな公園がある。
ぼんやりと見える二つのブランコ。
そこに浮かぶ、黒い影…──
「由羅様っ…!」
突然、腕を引っ張られて振り返った。
葉玖が手首を掴んで引き止めてくる。
いつもなら、ここまで強引な事は絶対しないのに。
「……なに」
「帰りましょう」
「どうして」
いつもにない緊迫した様子の彼を見上げ、詰問する。
その瞳は月の様に底光りし、纏う気は……禍々しい。
頭の中がざわめき、彼の気を感じて全身が粟立つ。
まるで初めて檻から出た彼の姿を見た時のように……。
「向こうへ行ってはなりません」
「それは理由じゃないでしょ。言えないなら、放して」
「由羅様……」
懇願するような声音。
すがるように強く握られる、温かい手。
美しい顔には複雑な表情が浮かび、そこからは怒りも感じられた。
……怒り?
どうして? 何に対して…?
急に……なんなの。
そう思っていたら。
また唐突に、彼がなんの前触れも無くあたしの手を放した。
しかも驚いた事に、あたしから距離をとるように、自らゆっくりと後退っていく。
けれどその視線はあたしではなく、その向こうをじっと見据えていた。
威嚇する獣のように、全身を殺気立たせて。
それに気付いて、さっと身を翻した視線の先には…──
「やっと来たな、望月さん。いや……由羅?」
演技がかった、人懐っこそうな笑みを浮かべる──あいつ。