貴方に愛を捧げましょう


「ちゃんと思い出したか?」

「ぼんやりとね」

「なんだよそれ」


今では小さすぎるブランコに昔のように二人で座って、あたしは夜空を眺め、律はずっとあたしを見ていた。

いや、睨み付けられていた、の方が正しいかも。

そんなに忘れてたこと怒ってるの?

あれから何年経ったと思ってるのよ。


……でも、面影はある。

昔は怒ってたり、不機嫌そうな顔ばかりだった彼の、笑った顔。

高校で見せていた、ただ明るいだけの笑顔ではなく、唇の端をほんの少し上げるひねくれた笑みが、その証。


「──…それにしても、なんで引っ越すこと教えてくれなかったんだよ」

「親が教えてくれなかったから、あたしも知らなかったのよ」


そこでお互い、むっとしたまま黙り込んだ。

きっと、小学生だったあたしには知らせる必要はないと考えたんだろう。

だからあたしにはどうしようもなかった。


「あたし、また同じ所に戻ってきたのね。今住んでる家からこんなに近いなんて……」

「まぁ、あの時は小学生だったし」

「ん……。それに、三年くらいしかいなかったから。あれからまた何度か引っ越したし」


そこで律は眉間に皺を寄せ、鋭い眼差しを向けてくる。

怒りの色を含み、ピリピリした雰囲気を醸して。


「お前ん家、相変わらずだな」


それは憐れみでも何でもない。

紛れもない、事実。

だから改めてそう言われても、なんとも思わない。


「律は?」


……さすがにもう、アザも傷もないようだけど。

そんな声に出さない疑問を無言で交わして、律は再び口を開いた。


「親が離婚した。由羅がいなくなって、二年後くらいに。今は父さんと二人で暮らしてる」

「……そう」

「父さんは仕事で忙しい人だったけど、さすがに見かねて。それに学校で、俺の様子がおかしいって言い始める人がいてさ。それで」

「……」


こうして話してみると。

本当に、彼は昔となんら変わりなかった……少なくとも、内面は。

そうすると疑問が幾つか沸いてくる。


「ねぇ、どうして初対面のフリをしたの」

「お前に“自分で”思い出して欲しかったから」


そこで律は表情を翳(かげ)らせた。

時々見せていた、哀しげな色を称えて。


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