貴方に愛を捧げましょう


しばらくして、律は盛大なため息をつき、一言。


「何やってんだよっ……お前は!」

「知らなかったのよ。彼から話を聞いて知ったんだから。あたしは律じゃないんだし、そんなこと言われても……」


そんな呆れたような目であたしを見ないでほしい。

あれは…──そう、不可抗力だったんだから。

もし、前もってそういう分野の知識があったら、絶対あの御札を剥がしたりしない。

それだけは言える。

今更もう何を言っても遅いけど。


そこで不意に、律があたしから視線を背けた。

そして…──


「なぁ。いい加減、姿見せろよ」


唐突に告げられたそれに、あたしは驚いて目を丸くした。

暗闇のどこかを、律は確信を持って見つめているようで。

その理由は尋ねなくても明白だった。


「彼に会いたいの?」

「会いたかねぇよ。ただ……話がしたいだけだ」


そう答えて暗闇に目を凝らす律から、チッ、と舌打ちをする音が聞こえた。

彼は出てこない。……それなら。


「葉玖」


あたしが呼べば必ず出てくる。

律が“本当は”何をしたいのかは、彼と引き合わせばきっと分かるはず。


不穏な空気を纏う律は、葉玖のような人間ではない何かを、昔も──多分、今も嫌っている。

それなのに、わざわざ葉玖に会いたがる理由が分からない。

……だったら、会わせてみよう。


「出てきて」


そう告げた──次の瞬間。

強い風が辺りを駆け抜け、音を立てて木々を揺らし、あたし達に吹き付ける。

視界の端で、青白い何かが揺らめいた。

それに気付いた時には、すでに律はそちらへ視線を向けていて。

あたしも少し遅れて律と同じ方を見た。


「由羅様……っ」


そこにはもちろん、葉玖がいた。

けれど今まで見た彼の姿のどれとも違う。

憂鬱な面持ちに、蜂蜜色の瞳は煌々と底光りして。

黄金色の髪は、威嚇する獣のように僅かに膨らみ広がっている。


けれど、そんな事はたいして気にならない。

目を見張ったのは──足元が、青白い炎で囲まれていた事。


こちらに近付いてくる最中も、それは陽炎のようにゆらゆらと揺れ、青いながらも確かに燃えている。

不思議なのは、彼が焼かれていないという事だ。


普通、火は赤いものでしょう?

彼を囲うそれには、赤の要素が全く見られない。

……あれに触れたら、熱いのかな。


< 58 / 201 >

この作品をシェア

pagetop