貴方に愛を捧げましょう
「帰りたかったんでしょ?」
「ええ……」
その答えを聞いてから無表情に切り替え、踵を返そうとした。
けれど、後ろにいた律に腕を掴まれて引っ張られ、律のすぐ傍までつんのめった。
無遠慮なのは今更だしお互い様だけど、ここまでされると、正直イラッとする。
むっとして律を睨み上げると、意外にも真面目な顔であたしを見ていた。
「どうするつもりだよ」
「家に帰るの」
「──で?」
今の律に軽口は通じないみたい。
あたしはそうしていたい気分なのに。
「家に帰って、彼から話を聞く。それから封印を解いて、あたしから離れてもらう」
「もし何かあったらどうすんだよ」
「あたしが……死ぬとか?」
それなら本望ね、とは思っても言わなかった。
それが本気でも冗談でも、今の律に言ったら怒りだしそうだから。
「由羅……そういうこと簡単に言うな」
「有り得るかもしれない可能性の一例を言ったまででしょ」
そう吐き捨てるように言いながら、掴まれていた腕を振り払って。
帰路の方へ向くと、蜂蜜色の瞳と目が合った。
悲痛な面持ちは未だに残ったままだ。
今まで話していた内容は全て葉玖に聞かれているだろうけど、今更気にしたって仕方ない。
「俺も行ってもいいけど…──」
「いい。律がいると彼、居なくなるし。口も利かないってなったら、余計に手間が掛かるから」
「……だな。じゃあ、何か問題があったら来いよ」
「ん……」
まだ足があって、話す事が出来たらね。
冗談混じりにそう思いはしたけれど、頭の隅では別の事を考えていた。
何があろうと──きっと律には会いに来ない。
これは全て、何もかも、あたしの問題だ。
何か予想外の事が起こって、あたしの身に何があっても構わない。
何事も不意打ちは嫌だけど、今なら何があろうと気にならない。
……だから。
「じゃあね」
綺麗な形の目を見上げて、その瞳で真っ直ぐ見つめ返されて。
大きな手がこちらに伸び、あたしの頭をくしゃりと撫でた。
鋭い眼差しに、強い意志を宿して。
律が何を考えているかなんて、さっぱり解らない。
向こうもそれは同じだと思う。
でも、それでいい。
「ん。またな」
暖かい風と、温かい指先が、あたしの肌を優しく撫でていった。