貴方に愛を捧げましょう


滑らかな頬を平手打ちしたすぐ後。

彼が振り向く前に詰め寄り、両手で着物の襟元を掴んだ。

相変わらず無抵抗な彼を力任せに壁へと押し付ける。

木で出来た古い壁板は、ぶつかった衝撃で鈍い音を立てた。


「知ったような口を訊かないでっ…!」


どうしようもなく、苛々する。

自身の意思などお構い無しに無抵抗な彼に対して。

でも、それだけじゃない。

大半は別の事に対するものだ。


けれどそれが何なのか、自分の事なのに解らない。

それに対するもどかしさが、更に苛立ちを増幅させていく。


──…息が、苦しい。

頭に血が上って、くらくらする。

こんな時に過呼吸で倒れたくないのに…っ。


そこで不意に、精悍な顔が、蜂蜜色の瞳が、こちらに向けられて。

魅惑的な薄い唇がゆっくりと開く。


「由羅様のお側に居たこれまでの間、常に感じておりました」

「煩い…っ」


掴んだ襟元を更にきつく握り、あたしを見下ろす二つの黄玉を睨み付けた。

もちろん、そんな事で彼が怯むはずもなく、心地よく響く冷静な低い声が言葉を続けた。


「貴女は、愛情に餓えている……」


次の瞬間、あたしは葉玖の腕の中にいた。

足掻く獲物を逃さない、頑丈な檻のような腕の中。

今までにない強引さに面食らって身体を固まらせた。


「貴女の身の上を案じる言葉を掛けるたび、由羅様は感情的になられる事が多い。その原因に、貴女はお気付きですか…?」

「そんな事、今は関係無いでしょ…!?」


そんな事どうだっていいし聞きたくもない。

これ以上、あたしの中に踏み込んでほしくない。


一体、あなたは何がしたいの。

本当の自由を手に入れたいんでしょう?

強制的に繋がれたあたしとの関係を解消したいんでしょう?

だったら、どうしてそんな事をっ……。


「貴女は、他人に愛情を向けられる事に不馴れなのでしょう……。由羅様は強い意志をお持ちですが、心は脆く不器用です」


そこで不意に腕の力が緩み、その隙に後退ったけど、彼の腕はあたしを完全に解放したわけではなく。

はらり、と金糸のような髪が視界に入った次の瞬間には。

美しい顔が、蜂蜜色の瞳が、至近距離で映り込む。


妖しく底光りする瞳に、同情の色は無い。

何か……他の何かが、影を潜めてあたしを見つめている。


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