貴方に愛を捧げましょう


一階に降りると、ちょうどお母さんと鉢合わせした。

その向こうを見ると、引っ越し業者の人達が慌ただしく荷物を運び入れている。


「いい所でしょ。広くて、古くて」

「ん……」


笑顔でそう言うお母さんに、気持ちここにあらずな様子であたしは頷いた。

もちろん、あたしは“広くて”の言葉にだけ頷いただけ。


「私達は、お父さんと二人で一階を使おうと思うんだけど、それでいいわよね? そしたら二階は、由羅が自由に使っていいから」

「ホントに?」


二階だけでも充分広すぎるくらいだよ、という言葉は飲み込んだ。

どうせ二部屋くらいしか使わないだろうな……。


「じゃあ、由羅の荷物を二階に運んでもらうように言ってくるわね」


そう言って、お母さんは玄関へぱたぱたと走っていった。

箪笥や机を運んでくる業者の人を待つ間、あたしは階段の途中に座り込んだ。


あたしのこれからの生活場所は、この家の二階か……。

また引っ越しをするなんて言わなければ、もうなんでもいい。

ただ、心配なのは一つだけ。

例の板の間にいる、檻に閉じ込められた狐の事。


あたしを悩ませる唯一の悩み事は、晩ご飯を食べ終えてもお風呂に入っても。

新しく自分のものとなった部屋に設置したベッドに寝ても。

相変わらず、頭の中にはあの狐の姿が浮かんでくる。


一瞬、和室にベッドを置くのはどうなんだろう、なんて考えたりしたけど。

結局、またあの隠し扉の中の秘密に思考が戻ってしまう。

そうして刻々と時間が過ぎ、とうとう夜中の二時になってしまった。

こうも答えの出ない悩み事を延々と考えるよりも。


……決めた、もう一度あの部屋に行こう。


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