貴方に愛を捧げましょう
否応なしに、言葉だけでは伝わらないものが、掴まれた手からぬくもりと共に伝たわってくる。
「貴女は無くてはならない、唯一無二の存在です。私にとって貴女は失いたくない、価値ある存在なのです」
それは確かに、あたしの手にあって。
言われた言葉も、彼が確かに紡いだもので……。
「──…分かった」
思わず、そう答えていた。
これ以上、彼の言葉を聞いていられない。
揺らぎ始めた心を守るためには……もう、何も聞かない方がいい。
彼へ視線を戻し、静かに告げた。
「じゃあ、証明して」
「証明…?」
「そう。今までのあなたの言葉が、全て真実だという事を証明するの」
真剣な表情から、一転、彼の顔に戸惑いの色が浮かぶ。
そういえば……今日の彼は、表情や感情が変わりやすく豊かだ。
出会った当初の頃とは大違いで、今の彼の方が断然、あたしはいいと思う。
そんな事を頭の隅でぼんやりと考えながら訊ねた。
目的を遂行するために用意していた、最初の質問を。
「ねぇ、これまで聞いた事なかったけど……主の命令に逆らったことは、ある?」
葉玖はすぐには答えようとしなかった。
先程までの鋭い眼差しは柔らかいものになり、鬱とした様子で見つめてくる。
あたしの真意を探ろうとしてる…?
「何故、そのような事を……」
「いいから答えて」
有無を言わせずそう言うと、彼は静かに頷いた。
「一度だけ、有ります」
ふと、その理由に興味を引かれて。
気付いた時には訳を尋ねていた。
「──…どうして?」
そこで彼が視線を逸らしたために、また答える事を躊躇うんじゃないかと思った。
けれど閉じられていた薄い唇が、そっと開く。
「以前、仕えた主に命じられたのです。ある人間を消して欲しいと……。ですが、私はその願いを承諾しませんでした」
「それって……殺して欲しいって頼まれたってこと?」
蜂蜜色の瞳が不意にこちらを見、肯定の意味を含む微かな笑みが浮かべられる。
「私のような者とは根本的に違う存在と言えど、人間を殺めるのは罪深い事です」
「──…待って」
葉玖の話を聞いていて、ふと思った。
矛盾してる……以前、彼が言っていた事と。