貴方に愛を捧げましょう
「学校が夏休みに入る前……あたしにちょっかい出してきたあの人達を、殺そうとしなかった?」
……そうだ。
あの日、確かに言っていた。
“貴女が望むなら息の根を止めても構いません ”──と。
葉玖は何も答えず、黙り込んだままあたしを見つめている。
そんな彼を睨んで、強い口調で確かめた。
嘘を吐いたの?
「もちろん、忘れた訳じゃないわよね」
「──…ええ」
そこで目を伏せ、長い睫毛で瞳を隠した彼は。
しばらく間を置いてから、再び視線を上げてあたしを見た。
「愛する者を守る為なら、私は如何なる事も致します。貴女を守る為なら、どのような事でも躊躇なく致すでしょう。この手を汚す事になろうと構わない……あの時は、そう考えたのです」
真実味の溢れる、鋭く真摯な眼差しから解放されるべく、あたしは拳を握って目を閉じた。
深く響く、甘い声が耳に残る。
あたしを想う言葉と共に。
でも……大丈夫。
動揺なんてしない、彼の言葉に惑わされない。
例え彼が何と言おうと、あたしは決して揺らがないつもり。
そして──嘘か否かは、今から確かめればいい。
「分かった、もういい」
「由羅、様…?」
あたしの名前が呼ばれたのを合図に、目を開く。
さぁ、真実を教えて頂戴。
「あたし、あなたに命令する。あたしの望みと受け取ってくれてもいい」
それは彼と初めて出会い、その日の夜に言ったのと全く同じ台詞。
「葉玖。あたしを……嫌いになって」
──その刹那、彼のはっと息をのむ音が微かに響いた。
蜂蜜色の瞳が微かに揺らぎ、風が不自然な程ぴたりと止んで。
周りの音さえ闇に溶け込み、彼の纏う空気が、異様なくらい張りつめる。
「何を、仰って……っ」
「そのままの意味よ」
あたしは静かに告げ、そっと笑みを浮かべてみせた。