貴方に愛を捧げましょう
解放の口付けを
「あたしを愛してくれたんでしょう…? ということは下した命令は達成されたのよね。だったら、出来るはずよ」
下された命令や願いを忘れる事は出来ないと、彼は言った。
それなら真逆の命令を下せばいい。
出来うる限り感情を込めず、淡々と言葉を紡いだ。
「今度は“嫌い”になるのよ、あたしを。それが……あたしのためなの。だから、お願い」
これが彼にする、最初で最後の懇願。
彼があたしの傍にいても、あたしが彼と一緒にいても、きっとプラスになる事は何もない。
だから、これが彼に離れてもらうための最後の手段。
──…だった、はずなのに。
「その命令を聞き入れる事など、私には出来ません」
「……っ」
「その願いを、私は叶えたくありません」
彼が口にしたのは、否定の言葉。
潤んだ黄玉はあたしの姿を確実に捕らえ、そして──
「っ、やめ…!」
「愛しています、貴女を。それを決して忘れないで……」
引き寄せられる時は強引に、けれど、抱き締める腕は優しくて。
あたしの肩口に顔を埋めた彼が、今までに無い、震えた声で告げてくるから。
驚きに目を見張り、思わず彼の顔を見ようとした。
……その時。
彼の身体が唐突に、不自然な程ピタリと硬直する。
「由羅様…っ、離れて……」
「な、に…?」
離れてと言われるまでもなく、いつの間にか、あたしを解放していた葉玖は。
目にも止まらぬ速さで縁側から庭に降り、言葉通りあたしから離れていた。
その表情は、何かに追い詰められたかのように、険しいもので。
だけどその理由が見当たらない。
訳が分からない。
その時、不意に気付いた葉玖の視線。
その先をよく見れば、彼の周りには…──
「何なの、それ……」
彼を囲う、沢山の小さな黒い玉。
それは規則正しく円になって宙に浮き、月明かりを反射して、鈍く黒光りしている。
よく見ようと無意識に足を踏み出した──その瞬間。
一陣の風があたしの身体を後ろへ押し返すように、強く吹いた。
「来てはなりません…っ」
もう流石に時期外れだというのに。
あたしの好きな向日葵が未だに咲き誇る、不思議な程に花いっぱいの庭。
そこに佇む、恐ろしいまでに妖艶な姿。
シンとした幻想的な庭に、魅惑的な声が浸透するように……響いた。