貴方に愛を捧げましょう
そのまま溶けるように消えてしまうんじゃないかと思う程、儚げな姿。
そんな彼から目を逸らせないでいた──次の瞬間。
何の前触れもなく、あの黒い珠が動き出した。
一直線に彼へ向かって。
けれどその様子を見る事が出来たのは、ほんの数秒。
突如、物凄い突風が辺りを吹き付け、周りのあらゆる物を鋭い音を立てて吹き荒いでいく。
それは今までに経験した事の無い程、強く勢いのある風で。
容赦無くこちらへ向かってくる風に為す統べもなく、それはあたしをも巻き込み、縁側沿いの壁へ勢いよく激突した。
「うっ……!」
余りに強い衝撃に息が詰まり、目が眩む。
生理的な涙がじわりと目の端に滲み出て、力なくその場にうずくまってしまった。
けれど動けずにいたのは一瞬で。
不自然な突風とほぼ同時に、それは鋭く響き渡る。
鼓膜をつんざく、慟哭(どうこく)のような咆哮。
身体の中心を貫くような咆哮に、あたしは思わず耳を塞いだ。
それでも、それは頭を揺さぶり、全身を震わせる。
そしてそれは、一瞬で終わりを迎えた。
次に耳へ届いたのは──苦悶の声。
荒く激しい息遣い、苦しげな呻き。
それらは全て、獣特有のもの。
それに気付いてはっと息をのみ、同時に、その音の源へ視線を向ける。
「──…葉、玖……」
視覚的な衝撃に、ドクン、と鼓動がゆっくりと打つのを感じた。
目の前に在る光景に目を見張る。
呆然としながら、ふらつきつつ立ち上がった。
壁に打ち付けた背中の痛みも忘れて。
人間の姿の葉玖は……どこにもない。
彼の周りにあった、黒い珠も。
代わりに庭に居たのは──連なる漆黒の数珠でがんがら締めになった、狐の姿の葉玖だった。
あんなにも綺麗だった庭は、花も土も見境い無くぐちゃぐちゃになり、見るも無惨な状態で。
そこに横たわり微かに蠢くのは、黄金色の美しい巨大な狐。
彼は何とかして数珠の戒めから解かれようと、身動ぎしてはいるけれど。
漆黒の数珠は頑丈な鎖のように、離れも千切れもしない。
……それどころか。
少しでも体が動くと、その度にバチッと電気の放つような、痛々しい音が響く。
すると連動するように葉玖が苦しげに呻き、身体を震わせる。
それでもじっとしている訳にはいかないのか、彼は動きを止めようとはしない。