貴方に愛を捧げましょう
あたしが抱き締めているはずなのに、なぜかまるで、彼に抱き締められているような錯覚が起こる。
きっと彼に触れるこの感覚だけは、暫く忘れる事が出来ないだろう。
面長の鼻先に顔を近付け、そっとキスをした。
「あたしを愛してくれて、ありがとう」
体を離すと、彼は驚きに目を丸くしていた。
感謝の意味を込めた口付けは、彼の身体を静止させてしまったらしい。
そして──次の瞬間には、あたしの言葉をゆっくりと理解していった様子で、二つの黄玉を潤ませる。
「私の言葉を、私の心を、信じて下さったのですね……」
微かな囁きを、涙とともに溢して。
彼は再び契約に背いた。
以前あれ程“泣かないで”って言ったのに……。
けれど彼はすでに、契約違反による罰を受けている。
彼を拘束する数珠に変わりはなく、そして今更、新しい戒めが増えるという事はないらしい。
手を伸ばして、溢れる彼の涙をそっと拭った。
「あなたの言葉に偽りは無かった。だから、あなたがこうなったのはあたしの責任」
「いいえ…っ、そのような…──」
すぐさま否定の言葉を口にしようとする彼を、手を掲げて制する。
「封印を解いて、必ずあなたを自由にしてあげる。契約からも、もちろん“あたしから”もね」
だから、安心して。
最後にそう告げて、あたしは微かに笑みを浮かべてみせた。
溢れる涙は止まる気配を見せない。
そうして声も出さずに、彼は静かに泣いていた。
そんなの見ていられなくて、僅かに視線を落とす。
暫くすると、不意に一陣の風が吹いた。
静かに、穏やかに、下からふわりと巻き上げるように。
その不思議な風に、ふと顔を上げると。
目の前にいたはずの彼の姿は──…消えていた。
その後に残ったのは、彼に触れた感触、淡い花の香り、見るも無惨な庭。
向日葵などの様々な花はほとんど折れてしまい、土は葉玖の鋭い爪によって抉れている。
まるであたしの心の中みたい。
暗闇に覆われ、荒みきって、中身の無い空っぽの状態。
……ほんと、笑える。
足元を見ると、茎の途中で折れてしまっている向日葵が落ちていた。
それを拾い上げ、萎れかけている花弁をそっと撫でる。
なんだか、彼に似ている。
儚くて傷付きやすくて、太陽のように温かい、あたしを包む日だまりのよう……。