貴方に愛を捧げましょう
廊下の明かりも付けず、窓から射し込む月明かりを頼りに、例の壁の前にたどり着いた。
まず最初の壁を押し開け、板の間に入る。
窓と月の角度が悪いのか、明かりが一切なくて真っ暗だ。
この部屋には電気がないから、仕方なく手探りで隠し扉を探した。
多分、この辺りだったはず……。
「……あった」
扉に手を当て、そっと深呼吸する。
すごく静か……まるで誰も居ないみたいに。
聞こえるのは、あたし自身の息遣いだけ。
こんなこと思いたくないけど……。
どうか“あれ”を見たのは、あたしの妄想でありますように。
そう念を込めて、ゆっくりと扉を横に引いた。
「──…っ」
あたしの期待は、見事に裏切られた。
窓の外から月明かりが射し込む狭い部屋の中。
目の前には、頑丈そうな大きな檻。
そして鉄格子に囲われた、黄金色の狐。
違ったのは、それがこちらに背を向けて……月を見上げていたから。
少なくとも、あたしにはそうしているように見える。
狐が月を見上げるなんてあり得る?
「──…ねぇ」
自分でも、どうしてそんなことをしたのか分からない。
だけど、とりあえず声をかけてみた。
直感的にそうすべきだと思ったから、かもしれない。
腰を落として姿勢正しく座っていたそれは、頭だけをこちらに向けた。
暗い部屋の中、月明かりに照らし出されたそれは……正直に言って。
とても妖艶で、美しい。
触り心地の良さそうな黄金色の体毛、全体的にすらりとした体躯、あたしを見つめる蜂蜜色の瞳。
それらが月明かりを浴びて、なんとも言えない、不思議な雰囲気を醸し出している。
数秒間、それを眺めている間に──ある妙案を思いついた。
単純だけど、それをすれば一瞬で悩み事が解決する。
あれだけ大人しければ、きっとうまくいくはず。
この風変わりな狐を、外へ逃がしてあげよう。