貴方に愛を捧げましょう


だから無性に何か言葉を掛けてあげたくて。

持っていた向日葵を、彼の足元に静かに置いた。


「大丈夫よ、心配しないで」


最後にもう一度だけ、名残惜しむように彼に触れてから、ようやく刀へ手を伸ばす。

鞘の中央を掴んで鉄柵の間から取り出し、そこで初めて刀を持ち上げてみた。

微かに、ガチャリと音が鳴る。

けれど刀にしっかりと巻き付いているせいか、数珠が擦れる音は一切しない。

それに思っていたより、すごく重い。

きっと両手で持たないと振り上げられない。


……でも、それでいい。

この刀の重みは、彼を解放するあたしに課せられた、責任の重みだ。

それを感じながら刀を振る事に、意味があるんだと思う。


──…さぁ、やってやろうじゃない。


部屋を回り込んで、檻の扉の前に立った。

すると予想していた通り、以前あたしが剥がした御札は、しっかりと檻に貼り付いて元の場所へと戻っている。

あたしは背筋を伸ばて、深呼吸を数回繰り返した。

そして御札に、封印を解く事に、しっかり意識を集中させて。

刀の鞘と柄をぐっと掴む。


そこで不意に、葉玖が大きく動いた。

案の定、彼の動きに反応して数珠の戒めが働き、バチバチッ、と痛々しい音が響く。

けれどそれに構わず、彼は姿勢を正し、すっと目を閉じた。

動けば辛い思いをするのが身に染みているはずなのに……。


「何してるの」

「貴女に掛かる負担を和らげるのです」


一切ブレのない柔らかな重低音。

一心にあたしへ向けられる無償の優しさ。

──…そして。


「我が名は、葉玖。汝と力を分かつ者」


妙に重なるように反響し合う彼の声に、一瞬にして変わった、ぞわりと肌を撫でる鋭い空気に。

思わず身体を固まらせた。

一体、何をするつもりなの。


「──…よって、我と力を同調させ、主である我の願いを聞き入れよ」


その刹那。

ブワッ、と彼の足元に炎が灯る。

律といる時に見た、あの魅惑的な青白い炎。

それは徐々に勢いを増し、めらめらと燃え上がる。

もちろん、彼が放つ力の象徴のような炎の発火と同時に、戒めの数珠も反応する。

けれどそれを必死に耐えているようで。

四肢で勢い良く立ち上がった彼は、九本の尾を檻に叩き付けた。

くぐもった苦悶の咆哮を響かせ、まるで痛みから気を紛らせるように。


< 81 / 201 >

この作品をシェア

pagetop