貴方に愛を捧げましょう
その理由に、あたしは既にはっきりと気付いてる。
気付いていない、知らないフリは、もう出来ない。
認めたくなくても、あたしは確かに、彼に惹かれている。
そして彼は自由を手に入れても尚、あたしを求めている。
その事実に目を背けることは、もう不可能なんだ。
それを今になって、殊更鮮明に感じてしまった。
もう直ぐにでも片足が階段を降りられるというところで、彼に捕まる。
手首を掴まれ、腰に腕をまわされて──強制的に後ろを向かされる。
蜂蜜色の瞳は真摯で、様々な感情が激しく渦巻いていて。
今にも涙を流しそうなそれが、あたしの動きを意図せず止めてしまった。
「私から離れて行かないで下さい…っ」
「あなたが出て行けば、あたしも無駄に動かなくて済むのよ…!」
すがるような声音に、潤んだ瞳に、どうしても声が乱れる。
もう、やめてよ……。
それ以上、惑わすような事を言わないで。
「私は貴女の傍から離れたくありません」
「律が言ってた、あなたには帰る場所があるんでしょう!? そこに戻ればいいじゃない…っ」
「戻る必要は有りません。私が居たい場所は、貴女のお側なのですから……──」
激しい感情のぶつけ合いの最中。
彼が突然、はっとした様子で顔を上げた。
眼差しは鋭く、どこか警戒しているように見える。
その隙に、あたしは彼の手を振り払って階段に足を掛けた。
──次の瞬間。
リン、と何処からか鈴の音が響いた。
彼の意識が何に逸れたのかは分からない。聴こえたはずの鈴の音の正体も。
けれど今は、そんな事に構っていられない。
思ったように力が出ず、未だに足取りがおぼつかない足で降りようとしたから。
案の定、あと数段というところで段差を踏み違えて、身体が危うげに傾いだ。
落下による衝撃に備えるため反射的に瞼を閉じる、一瞬前。
階段下の向こうで煌めいた、不可思議な青。
そして──あたしを呼ぶ、緊迫した葉玖の声。
「──…っ!」
声は出なかった。
階段を数段落ちたはずなのに、衝撃もない。
確かに誰かに受け止められたから。