貴方に愛を捧げましょう
「──仙里、今日はこのまま何も訊かずに、お引き取り願えませんか」
「ん…?」
仙里の言葉を遮って葉玖が告げたそれに、彼は不思議そうに首を傾げた。
同時に、あたしも不審に思う。
人間を……なに? しかも“また”って……。
それに今、彼の話を遮った?
無意識に葉玖の着物の襟元をぐっと掴んだ。
はっきりせず意図の掴めない彼の発言に、なんだか無性に苛立って。
そうしてそれは、益々あたしの内に募っていく。
「そういえば、葉玖の封印、解けてる…?」
「──…ええ、由羅様の……彼女のお陰で」
そう答える一瞬前。
葉玖は口を閉ざし、何かを躊躇ったように見えて。
あたしはその様子を見逃さなかった。
「ですが……仙里。どうか私が自由の身になった事は、ご内密にお願いします。出来れば、あなたの親(ちかし)い御方にも」
「……ん、良いけど。でも、みんな葉玖に、会いたいんじゃない…?」
「……」
最後の質問に、葉玖は答えなかった。
“みんな”というのが、誰の事だか分かるはずもないけれど。
一つ確実なのは──やっぱり彼には“帰る場所”があるという事。
何も答えない葉玖に構わず、今度はあたしに視線を移した仙里は。
そこで何故か、唐突にふわりと微笑んだ。
「その子が、大切なんだね」
「──…ええ。何よりも、誰よりも」
突如変化した話の内容に、戸惑ったのはあたしだけだった。
優しさに溢れた二つの黄玉が、こちらを真っ直ぐ見つめている。
思わず目を逸らしたくなる程に真摯な眼差しで。
「誰しも皆、永久に孤独じゃいられない。僕らのように、異形の存在だって……。だから、葉玖の傍に居てあげなくちゃ、ね…?」
どうして見知ったばかりの人に──多分、人ですらない彼に、そんなこと言われなきゃならないの。
今まで散々、あたしの傍から居なくなって欲しいと言ってきたのに。
あたしの感情にそぐわない、和やかな笑みを浮かべる仙里をきつく睨んだ。
「あたし、は…っ」
でも、何も言葉が出てこない。
あたしにそのつもりはない、そう一言告げれば良いという事さえ頭に浮かばなくて。
それは単に、深みのある藍色の瞳から、揺らぎのない声から。
不思議な程に、嘘の無い彼の純粋な心を感じられたから。