貴方に愛を捧げましょう


「じゃあ、僕……帰る」


再び葉玖を見上げた仙里は、唐突にそう告げた。

それを聞いて頷いた葉玖は、穏やかな微笑みを浮かべる。


「では、再びお会いする日まで……」

「ん、じゃあ、またね」


そこで藍色の瞳がこちらに向けられて。


「えっ…と、おじゃま、しました。じゃあ……ばいばい」


最後に、反応に困るような人懐っこそうな笑顔を見せて。

中性的な幼顔の彼のそれは、とても無邪気な子供の様に感じられた。


「気を付けてお帰り下さい」

「ん、大丈夫」


縁側の方へくるりと振り返った仙里の姿を、その時改めてちゃんと見た。

夜明けが近付いてきた少し白み始めている空のお陰で、彼の姿が先程より鮮明になる。


上下黒の甚平を着ている風変わりな格好の彼は、髪を結んだ紐の先に付いている鈴をリンと揺らすと。

縁側に出た途端に突然しゃがみこみ、前傾姿勢をとったと思ったら…──次の瞬間。

その場で大きく跳躍した彼は、家を囲う塀の上にいた。

あの細身で華奢な体には、絶対に有り得ないだろう跳躍力で。

そして音も立てずに、前の家の屋根へと跳び移り…──居なくなった。


一体、彼はなに?


仙里の姿があっという間に消え去ったと思ったら、葉玖が突然、家の中へ向き直った。

あたしの疑問も、突然の訪問も、まるで何も無かったかのように平然とした様子で。

その態度に信じられない思いで彼を見上げて、すかさず言い放った。


「どこへ行くの」

「貴女のお部屋へ」

「行かなくていい、降ろして」


ピタリと立ち止まった葉玖が、不意にこちらを見た。

物悲しげな眼差しで。

そのまま、彼はこの場から動こうとしない。


「降ろしなさい」


強い口調で再度告げると、今度こそ彼は降ろしてくれた。

突き放すようなあたしの冷たい態度など気にせず、縁側の壁際へ気遣うように、そっと優しく。

そこで痛む足首を庇うように、あたしは膝を引き寄せ抱きかかえて。

そうして…──もう一度言った。


「あなたの本当の居場所に帰って」

「私の意思は貴女のお陰で自由に成りました。この身も、心も」


そう語りながら、彼は自身の胸に掌を当てる。

射抜くような力強い眼差しをあたしに向けて。


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