貴方に愛を捧げましょう


何も考えず、何も関わらず、何も感じない。

それがどんなに楽なことか……。

いつもいつも、そう思ってた。


そんなあたしの全ては、呆気なく崩されてしまった。

異形の彼によって。





「由羅様……」


名を紡ぐ彼の声を心地良く思う。抱かれる腕に安らぎを感じる。

その全てが、関わりを断つ事は出来ないと悟らせる。

重い瞼を開けば、あたしの目を覗き込む葉玖の姿が。


「ご気分は…?」

「んっ……」


淡い陽光が眩しい。目が痛い。

僅かに捉えた視界は朱に染まっている……。

ということは今は夕方…?

っていうか、そんなことよりっ…──


「どこかすぐれない様でした、ら」


言われかけた言葉をまともに聞かず、身体を囲う彼の胸板を強く押した。

──押した、はずなのに。

離れようとした腕がすかさず捕らえられる。

ぐっと引かれて腰に腕をまわされ、見上げればその美しい顔は僅かに歪んでいて。


「由羅様…っ」


切なく呼ばれた声は脆く儚く、揺らぐ二つの黄玉は悲痛さを滲ませて潤んでいる。

一体、何を畏れているの?


「……っ」


急に離れようとしたから?

逃れる気はないし、その必要性も、今はもう感じない。

ただ、そんな表情をされると……心が、微かに疼いてしまう。

けれど今度こそ、そんな事に構っていられなくなって視線を落とした。

下唇を噛み、掌に爪が食い込むくらい拳を強く握り締めて。

痛みに強いと自分では思っていても、この傷み、は…──っ


「由羅様、口を開いて……」

「っ、ふ……っ」


異変に気付いた彼が手を伸ばした先は、加減せずに噛んだ唇。

そこから鉄っぽい独特の風味が、じわりと咥内に染み込む。

葉玖との関係性がどう変化しようと、やっぱり、弱味を見せる事は出来ない。

これはあたしの、無意識の防衛本能なんだ。


痛む足を引いた途端、彼の手が伸びてくる。

避けきれなかった足は、ふくらはぎを掴まれ動かせなくなった。

思わず涙の滲む目で睨むと、心配そうな表情を返される。

それでもプライドを捨てられず、痛いとは言えなくて。


「申し訳ございません。足が痛むのですね……」


どうしてあなたが謝るの?

少しは……あなたに非があるけど。

階段から落ちたのも、足を痛めたのも、あたしの不注意のせいなのに。


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