ロ包 ロ孝 2
「はい、少しお熱が有るみたいだけどぉ、リハビリ後(アト)だからかも知れないわねぇ。少し安静にしてて下さい。また再検に来ますねぇ」

「はぁぁぁい」

 清潔な石鹸の香りをほのかに残して久保田は去って行った。その後を目で追う林は、すっかり彼女に骨抜きである。

「久保田ちゃん、やっぱりイイよなぁ。あの白くて極めの細かい肌。色素が薄くて大きな瞳。唇はちっちゃくて腰なんかあんなにか細いんだ。
 久保田ちゃんはどこを取っても美術品クラスのクオリティだよ。はぁぁぁぁ」

 溜め息混じりに虚空を見詰めて吐き出す林。それを不快そうに見下ろしながら野木村は言う。

「ちょっとミッツィー。あんなのに騙されちゃ駄目よ? ああいう女は男をいいように喰い潰すんだからっ! ねぇ、高橋さんっ!」

 野木村は、骨盤と脛椎の損傷で長期入院を余儀無くされ『主(ヌシ)』と呼ばれている彼に問い掛けた。

「はっはっはっ。確かにあの美貌は武器だよな。でも久保田ちゃんは女じゃねぇぞ?」

「……え?」

 林は自分でも何が疑問なのか、見当も付かずに声を上げていた。

「あれ? 知らなかったのか? 久保田ちゃんはあれ、啓嗣(ヒロツグ)っていうれっきとした男だ!」

 高橋はあっさりと衝撃の事実を告知する。

「えっ、ええぇぇぇえっ!」

 病室中を怒号が渦巻いた。その事は他の患者も知らなかったらしい。秘密を暴露した当の主は、ケロっとして車椅子に乗り込んでいた。

「そんな……まさか……俺の久保田ちゃんがぁ……」

 林は魂が左の鼻の穴から抜け出て行きそうなのを、やっと堪えているかのよう。野木村はと言えば顔中に力を入れ、今にも大爆笑しそうな勢いだ。

「本人に聞いてみな、別に隠しもしないから。
 んじゃ、俺はリハビリ行ってくらぁ」

「た、高橋さん。私……く、車椅子押すわっ」

 野木村は部屋を出て行こうとする高橋の車椅子に付いて行く。

「プッ! ドヮハハハハハハ。ヒィィィッ……ヒィィッ……ヒィッ……」

 野木村の引き笑いは段々小さくなりながら、廊下の奥へと消えて行った。


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