ロ包 ロ孝 2
 だが……彼らが思うより、事態はもっと深刻だったのだ。


〇※○※○※


「カンよ。大事な話というのはな……」

 ここは東京グランドコロニー、陳 狼(チン・ロウ)の屋敷である。彼は書斎に孫のカンを呼んで、何やら神妙な顔で語り始め、そして口ごもった。

「なに、爺ちゃん。カンはお腹が空こうごとあるけんね」

 書棚から適当に取り出した本をパラパラとめくりながら気の無い返事をするカンだが、書いてある内容が難し過ぎたのか慌ててそれを閉じ、元の場所へ戻している。

「はっは。そんなに時間は取らせんよ。もう食事の支度は始まっているだろうしな」

「そうよ、準備してたよ。さっき厨房覗こうとしたら『はしたないがねお嬢様』ち、ダレブに怒られっしもうたけん。
 今晩は何が食べられるのかなぁ……」

 空腹でそわそわと落ち着かないカンは、書斎をウロウロ歩き回っている。どうやら話を聞く体勢では無いようだが、そんな彼女の様子に目を細めながら、陳老人はそれでも話を続けた。

「カンよ、いいか? 気を鎮めて聞きなさい」

 そのただならぬ雰囲気を察してか、カンは姿勢を正して椅子に腰掛けた。

「はい、爺ちゃん」

 彼女を見ながらただ微笑んでいた陳老人は、意を決したのか口を開く。

「実はな、カン。私はもう長くはない」

「ええっ!……」

 カンは言葉を失い、その大きな目にみるみる涙を溜めていく。とうとうそれは膝を握り締めている手のひらにポタポタと零れ落ちた。

「まぁ老いぼれだからな、遅かれ早かれ別れは来た訳だし」

「えっ、うえっ、どうしてなのっ? 爺ちゃんは蠢声操躯法を修得してるから長生きなんじゃなかったの?」

 カンはブラウスの袖がメイクで汚れるのも構わずに顔をこすっている。

「それは健康な人の、一般的な話だろう。私はな、どうやら遺伝子の病気らしいんだ」

 陳老人は10年前に受けた癌の遺伝子治療で完治したかに思われた。しかしDNAの遺伝情報自体が破綻を来(キタ)し、結果神経系の伝達異常を招いてしまったのだ。


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