ロ包 ロ孝 2
 陳老人が冒されていたのは遺伝には関係しないと思われていた遺伝子が引き起こす、所謂ジーンパラドクスである。

今は手足の痺れや感覚異常、歩行困難程度で済んでいるが、病状が進んで末期に達すると呼吸不全で絶命するという。

「それでな、私が以前から行なって来た国連と民権奪還軍の折衝が、存命中に片を付けられるかが実に微妙なんじゃよ」

 陳老人は医師から余命宣告を受けていた。持って半年だと言われた彼に、多くの時間は残されていない。

「そんなっ! 爺ちゃんなら出来るよ。爺ちゃんが死ぬなんて嘘だよぉっ!」

 とうとう陳老人の懐に縋り付き、ワンワン声を上げて泣くカンの背中を、彼は優しく叩いている。

「けれどな? 今はどんなに足掻(アガ)いても、国連と民権奪還軍の軍事バランスは開き過ぎている。
 これでは折衝のテーブルに同じくして座る事など叶わぬ。
 だからカン。絶対的な権力を持つ国連の牙城を打ち崩す事が必要なのだ」

 陳老人はカンを胸に抱き、頭を撫でながら懇々と言い含める。

「私はな。遺産としてお前達に残してやる筈だった財産の4分の1を民権奪還軍の或るグループに寄付し、残りを同じ奪還軍の活動家を支えるファウンデーションに託した」

 カンはもう大概泣き尽くして、陳老人の話を受け入れられるようになっていた。

そして学校新聞の記者として時事問題に精通していた彼女は、民権奪還軍が力を付けるとどういう事になるのかを自ずと理解していた。

「それはどゆ事ね。私達の生活、脅(オビヤ)かされてしまうの事か?」

 陳老人は目を伏せながらもしっかりと、包み隠さずに告げる。

「結果的にはそういう事になる。しかし我々が一般の人達の自由と権利を阻害して来たのも明白な事実だ。
 ここで我々が起点とならねば、また更に彼らに取って長い暗黒の時代が続いてしまう事になる」

 カンはもうしっかり落ち着いて祖父の話に聞き入っていた。その目はもはや甘えた孫のそれではなく、真実を伝える『報道に携わる者』の炎を宿していた。


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