THE FIRST STEP
「そろそろ帰ろっか」
彼がそう言ったのは私が座り込んでからかなりの時間が経った時だった。
知らぬ間に放心状態のようになっていたらしい。
「うん」
ただ頷くことしかできない私に彼は何も聞かない。
そういう気遣いのできるところも好きだった。
「あ…えっとありがとう」
自分の机から財布を取り出している彼の背中に声をかける。
「どういたしまして」
振り返って微笑む彼に私の体がどくどくと脈うった。
そんな風に笑わないで。
嫌だ。どうしても昔の笑顔を重なるのだ。
そんな考えを払拭するように、わざとらしく音を立てながらドアを開けた彼の元に駆け寄った。