闇夜に笑まひの風花を
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仕事場だと指定されたのは、離宮だった。
杏の与えられた部屋から離宮へ行くには、一度外に出なければならない。
空気が痛いくらいキン、と張り詰めている。
骨まで染みる寒さ。
コートの隙間から入り込む風が冷たい。
息を吐いたら、それは白くなって空気に溶けた。
まだ雪は降っていない。
けれど、降りそうなくらい寒い。
手袋を忘れた手が凍えた頃、杏は離宮に辿り着いた。
一度深呼吸をして、ドアをノックする。
しかし、返事はない。
もう一度、今度は強めにノックをしてみた。
けれど、やはり返事はない。
誰も居ないのかな?
でも、裕はアポなしでも必ず誰か居る、と言っていた。
どうやら、彼らはこの離宮で寝起きしているらしい。
杏が意を決してドアを押してみると、
「わわっ!開いたっ」
薄く開いた先に少し足を踏み入れる。
建物内は薄暗い。
正面に大きな階段があった。
とりあえず、杏は声を掛けてみる。
「あのっ、お邪魔します!!どなたかおられませんか!?」
杏としては結構声を張ったつもりだが、やはり返事はない。
そこで、精一杯怒鳴ってみた。
離宮全体に響くくらいの大声。
ウァン、と玄関先で声が反響した。
それでも、返事はない。
「も~なんなの!? 誰も居ないの?」
新手の虐めか、と勘繰るが、外は寒いし手が悴んで痛いしで、杏は諦めて入って探すことにした。
正面の階段を上がって右に、その隅の階段を下りて、地下へ。
その地下の部屋の三番目の部屋にある梯子でまた下に。
……あれ。
なんで、私は迷わずに進んでいるのだろう?
そんなことを思いながらも、足は進む。
いつの間にか廊下にはぼんやりと明かりが灯っていた。
そして、とある部屋の前で杏は止まる。
そのドアノブに手を置いたときだった。
「あ~っ!!」