闇夜に笑まひの風花を
突然の大音量。
杏は思い切り飛び跳ねた。

「こんなところで何してるんですか!?」

詰問口調に振り向くと、そこにいたのは夜色のローブを纏った青年だった。
杏は慌てて謝り、弁解する。

「あっあの、私今日からここで働くように言われた者で。えっと、ノックしても大声出しても誰も出て来られなかったので、勝手に入らせてもらってて、あの!
ごめんなさいっっ!!」

必死な杏とは逆に、青年の反応は呑気だった。

「ああ、新人ってあなたのことですか。
どうぞ、こちらです。まずはチーフに挨拶に行きましょう」

はい、と返事をして、杏は青年の後ろを歩く。
歩きながら、杏は猛反省をしていた。

ああ~、バカバカぁ!!
人との出会いは第一印象が大事なのに、勝手に入るなんて最低じゃない!
どうしよう、呆れられたかな……。
この人全然喋らないし、嫌われたかな……。

「……それにしても、よくここまで来れましたね」

しばらく歩くと青年が声を掛けてきて、杏はハッと我に返る。

「ええ、本当に。私でも不思議です」

心底不思議がって答えると、青年は噴き出した。
空気が一気に柔らかくなる。

「ふはっ。何ですかそれ」

「自分でも分からないんです。自然に足が進んで、気がついたらあそこにいました」

「そうですか……。
ここで働くなら、一つ注意しておきましょう。
あなたが前に立っていたドアは、決して開けてはいけません」

杏が無意識のうちに辿り着いた場所だ。
この廊下の奥から八番目の部屋。
外から見た限りでは何の変哲もないように見えたが。

「どうしてですか?」

「僕もよくは知りませんが、昔そこで大きな事故が起こったらしく、今でも立ち入り禁止になっているんです」

「……そうですか」

「さあ、着きました」

そう言って、青年は一つのドアをノックした。
そして、返事も確認しないまま部屋に入る。
杏はとりあえず部屋の外に立っていた。

「チーフ、新人さんが来ましたよ」

「なに?ベルは鳴ってないぞ」

「それが、鳴らさずにここまで自力で来たらしいんですよ」

そうして青年が身体をズラすと、部屋にいた男が確認できる。
それは、杏の知っている人だった。

「翡苑さん」

「……いらっしゃい」

銀髪の男は、杏に向かって微笑んだ。
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