闇夜に笑まひの風花を
禁術と聞いて、杏が思い浮かぶのはあの映像だ。

「私は、あのとき蘇生を完成できなかったわ」

杏の台詞を聞いて、翡苑は目を見開いた。
声が震える。
心臓を押し潰さんばかりに圧迫する感情は、驚きというより恐れだった。

「……もしや、覚えておられるのですか……?」

「一部だけよ。血溜まりの中で呪を唱えたところだけ。それが死者の蘇生だってことは、何故だか知っていたの。
誰を蘇らせようとしたのかは覚えていないけれど、身体がばらばらになりそうなくらい辛くて、悲しかった……」

その答えを聞いて、翡苑は内心ほっと息を吐いた。

「あのときは、封印を同時に行なっていらっしゃったからお力が薄れていたのです。
そもそも、できもしない術に手を出すほど、あなたはバカではありませんでした」

死者の蘇生ではないが、修行の一端として少女は禁術を練習していた。
それは、それができるだけの才と力があったからに他ならない。

杏は天を仰いで、目を瞑った。
深く息を吐く。

「……この城に居ると、記憶がないってことを突きつけられるの。
今まで、市街で暮らしていたときは全然困らなかったのに……」

必要がなかった。
誰も責めることはなかったし、求めることもなかった。
けれど、幼い頃に過ごしたというこの城の中では、そうもいかない。

「失くした記憶を思い出したいわ。私は一体、何を忘れたのかしら……」

それはごく自然な欲求に思えた。
しかし、翡苑は立ち上がると、杏の瞳を見て言った。
目が離せない、強い視線だった。

「姫。どんなことを忘れたのかよりも、どうして忘れたのかをよくお考えください。
あなたなら、どんな記憶を消したいですか?」
< 108 / 247 >

この作品をシェア

pagetop