闇夜に笑まひの風花を
消したい記憶。
消したいほどの記憶とは、どんなものだろう。

考えを巡らせてみるが急には思いつかない。
考え込む彼女に、翡苑は助け船を出した。

「では、宿題です。よく考えてみてください」

翡苑は杏の殊勝な様子に一つ頷くと、机の上から何かを手に取り、杏に渡す。

「姫、これを」

それは皆が着ている夜色のローブだった。

「姫は表向きは舞姫ですから、この離宮の中だけお召しください。呪術師の目印のようなものですが、防寒防熱仕様です」

杏は早速コートを抜いで、ローブを羽織る。
その瞬間、まるで暖炉のある部屋に入ったように暖かくなった。
離宮の地下には暖房器具は一切なく、凍えるほど寒かったから、呪術師の皆が平然としていることが杏は不思議だったのだ。

「わ、あったかい。
見た目は薄っぺらいのに、どうして?」

杏が問うと、翡苑はローブの裾を指差した。

「ここに金糸で文字が刺繍してあるでしょう。これのおかげですよ」

聞くと、この類の術は珍しくないのだという。
内に着る服にも細工をしておけば、汚れることも破けることもなくなるらしい。
他にも部屋の四隅に細工をすれば、どんな衝撃にも耐えられるようになるそうだ。
この地下の呪術師一人一人に分け与えられる部屋には、それが既に施されているという。

「さて、姫様には基礎からみっちりお教えしますからね。覚悟してください」

ローブの件で呪術に興味が湧いた杏は、明るい声ではぁい、と返事をしたのだった。

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