闇夜に笑まひの風花を
__
雪の降る、季節だった。
祖父が小さな女の子を連れて、私の前に現れたのは。
琥珀の髪に純白を乗せて、頬を赤く染め、大きな目をくりくりさせている女の子だった。
年の頃は弟と同じ。
無邪気に笑う彼女を前に、祖父は言った。
この子がお前の婚約者だよ、と。
今なら分かる。
祖父の策略が。
けれど、当時は未だ十に満たない私は、ただ祖父の言うことに従順だった。
毎日、家庭教師と勉強に明け暮れ、それが普通だと信じて疑わなかった。
そんな私の前に唐突に現れた彼女。
『つかれませんか?』
勉強にかまけてあまり話もしたことのなかった私に、ある日彼女はお茶を差し入れてくれた。
小さい身体で一生懸命に運ぶ彼女。
私は彼女の言葉に困惑を返した。
『ずっとつくえに向かっているから。
ハルカさまみたいにあそばないんですか?』
『遊び方なんて、知らない』
仏頂面な私に温かいお茶を渡して、
『じゃあ、教えてあげます』
彼女は無邪気に笑った。
そして、お茶を味わう暇もなく、彼女は私の手を掴んで外に飛び出した。
……祖父の決めた婚約者だった。
けれどその笑顔で、確かに私は彼女を愛したのだ。
遥よりも先に出会えていたら、と思うほどに。
寄り添って見た、雪景色。
まだ、忘れられない。
『きれいですね。
真っ白な雪の影って青いんですよ』
部屋に閉じ籠っていては分からないこと。
彼女はたくさん教えてくれた。
__……けれど。
それが変わったのは、そのわずか二年後だった。
杏色は、最も愛すべき色だった。
最も愛おしい色だった。
けれどあの日、あの瞬間。
その色が憎むべきものに変わった……。
「あああ"ぁっっ!」
瞼の裏に焼きついて消えないのは、部屋いっぱいに広がる赤。
赤、赤、赤、そして、白……。
忘れたくても忘れられない光景に、思わず叫ぶ。
こんな風に眠れない夜が幾度繰り返されただろう__?
「殿下っ!」
最早懐かしいような声。
全てを忘却し、今 心配に揺れる杏色に、胸を焼く感情は、
憎しみ……?
それとも__愛しみ……?