闇夜に笑まひの風花を
呪術は、抵抗する術のない者に恐れられる。
兵たちも顔色を青くし、彼女に刃向かうことなく、道をあけた。

扉を開くと、真っ先にあるのは裕と初めて会った部屋。
奥が寝室で、声はそこから漏れ聞こえる。
無断で寝室に入ることには気後れしたが、再度聞こえる声に杏は慌てて入室した。

「殿下っ」

明かりのない部屋。
目をこらして見渡すと、ベッドの上に裕が頭を抱えて丸まっているのが見えた。

杏は彼に駆け寄る。

「殿下!殿下!大丈夫ですか?何が……」

声を掛けても、彼は一向に気づかない。
ひどく錯乱しているようだ。

杏は一瞬躊躇したものの、裕の肩に触れて揺り動かした。
そして、翡苑がよくするように、声に力を込めて発する。

彼の心にちゃんと聞こえるように。

「殿下っ!」

……ふっ、と強張っていた裕の身体から力が抜けた。
そして、ゆっくりと顔が上がり、中から怯えた瞳が覗く。

まるで幼い少年のような瞳。
ひどく脆い、薄氷のような。

それが今にも割れてしまいそうで、杏も泣きそうになりながら彼を呼んだ。

「殿下、__」

大丈夫ですか?とは続けられなかった。
ベッドに突いた腕を引っ張られ、引き込まれる。

「__っ」

シーツの上に押し倒され、組み敷かれ、抱き締められた。
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