闇夜に笑まひの風花を
ドクン、と心臓が跳ねる。
反射的に湧き上がるのは、嫌悪だ。

「っ、でん……か、殿下っ!やめてくださいっ、離して!!」

幼少時から刷り込まれた恐怖と嫌悪。
相手が誰とか関係ない。

全身に鳥肌を立てて、少しでも身体を離そうとした。
心臓が縮こまって、腕が震える。
吐き気までしてきた。

怖い、恐い、コワイ!!

目に涙が溜まる。
こんなときなのに、まだハルに助けを求めようとしてる自分に気づく。

身体に力が入らない。
それでも、精一杯暴れる。

「やっ、やめ__っ!!」

恐縮した喉で必死に声を押し出そうとしたとき、不意に裕の身体が離れた。
裕は体重を肘で支えて、血の気の引いた杏の頬を手の甲で撫でた。

遥と同じ、赤銅色の瞳が杏を見つめる。
でも、そこに混じっているのは遥とは違う、深い哀しみの色。

それを見た瞬間、あんなに感じていた恐怖と嫌悪がすっと引く。

__……どうして、この色を知ってるなんて思うんだろう……。

「心配するな。怖いことをするつもりはない」

そんなことを、哀しい目のままで言うから……。

何かに怯えた赤銅色。

それが、泣きたいくらい愛おしく思えた。
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