闇夜に笑まひの風花を
*****

ふっと目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。

真っ先に目に映るのは、薔薇色の天蓋。
杏のベッドにこんなものはない。
そして、身を横たえているベッドも、こんなにふわふわではない。

周りを見回してみるが、そこには調度品は一切なかった。
杏の部屋より遥かに大きな空間に、ベッドが一つきり。

その頭の方に部屋の床から天井までの大きな窓があって、そこから日が差している。
冬の、澄んだ日差し。

ぼうっとした頭でベッドの脚の影を見つめ、その短さに違和感を抱く。

日が随分と高い。
まるで昼のような__。

そこまで考えて、杏はがばりと身を起こした。

寝起きでうっかりしていたが、ここは城で、杏は早朝から離宮で働いている。
日の高さで言ったら、とうに仕事始めの時間だ。

慌てて焦ってベッドから飛び出した杏は、そこで鼓膜を揺する笑い声に気づいた。

「やっと起きたか。もう昼前だぞ」

笑いながら近づいてくるのはこの部屋の主、裕。
彼を見て、杏はやっと昨夜のことを思い出した。
さあっと青くなる。

「もっ、申し訳ありません!もう、何から謝ったら良いか……」

「良い。気にするな」

勢いよく深く頭を下げた杏の横を通って、裕はベッドに腰掛けた。

「寝室に無断で入室したのも、ベッドでうっかり眠りこけたのも、お前ならば許す。
それから仕事の方だが、翡苑には言ってある。ずっと寝不足だったんだろう、今日は一日休め」

『お前ならば』
『寝不足だったんだろう、……休め』

思いも寄らない優しい言葉に、杏は喜ぶと言うより面食らった。
血も涙もない冷血な王子だと思っていたが、どうやら違うらしい。

けれど、王子の寝室に篭りっきりだなんて、まずいにも程がある。

「あ、あの。私はこれで……」

礼を言うことも忘れて、その状況に杏は慌てて身を翻そうとした。
けれど、それさえ止められる。

「そう急ぐこともないだろう。昼食ならここに運ばせる」

「いえ……」

その方が問題です!!

そう叫びたいのをぐっと堪え、杏は裕を振り返った。
そして、またあの瞳と目が合う。

置き去りにされた少年のような瞳。
不安定に揺れる赤。

蘇るのは昨日のことだ。
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