闇夜に笑まひの風花を
「あの、僭越ながら、殿下。ご質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「話をするなら座れ。私は見下ろされることに慣れてない」
杏は立ったまま、裕はベッドに座っている。
この状況では杏の方が背が高く、知らず彼を見下ろす形になっていた。
それに気づいた杏は無礼を謝罪して床に膝を着こうし、裕に腕を引き上げられた。
ぽかんとしている彼女が座らされたのはベッドの上。
王子の隣に座るだなんて、と焦る杏に、裕は笑った。
「この部屋には調度がない。別に構わぬ」
……優しい。
今まで意地悪だったのに、どうしてこんなにも優しいのだろう。
杏が彼を半ば呆然と見ていると、裕は質問を促した。
それを受けて、彼女は我に返る。
ぎゅっと掌を握り締めて、彼を見つめた。
「昨夜、私は殿下のお声を聞いて寝室に入り込みました。その前に、護衛の兵にいつものことだからと言われたのですが……。
もし私が聞いても良いならば、何があったのか、教えてはいただけませんか?」
おそらく、彼はこの質問を予想していた。
だから、昨夜のような泣きそうな微笑を浮かべて、裕は前を見つめた。
一度瞑目して、深く息を吐き出す。
「……そうだな」
吐息のような言葉が何を表しているのか、杏には分からなかった。
「雪が降ると思い出すんだ。だから、よく悪夢に魘される」
「悪夢……ですか?」
「愛しい女が母を殺した夢だ」
泣きそうに歪む彼の表情。
杏は息を呑んだ。
「いや、夢は夢でもただの夢ではない。
……実際に起こった話だ」
そうして、裕は杏を見やる。
彼の手が伸びてきて、それでも彼女は逃げる気にはなれなかった。
哀しい、色。
瞳が杏を覗く。
遥とは異なる、小麦色の癖毛。
それをふわりと指に絡ませた。
__唐突に、フラッシュバックする光景。
この小麦色が赤に染まる。
真っ赤に染まる、視界。
断末魔の叫び。
……耳に煩いほどのそれらを押し退けて、響く声音。
「……アンジェ__」
耳元で、裕が囁く。
「話をするなら座れ。私は見下ろされることに慣れてない」
杏は立ったまま、裕はベッドに座っている。
この状況では杏の方が背が高く、知らず彼を見下ろす形になっていた。
それに気づいた杏は無礼を謝罪して床に膝を着こうし、裕に腕を引き上げられた。
ぽかんとしている彼女が座らされたのはベッドの上。
王子の隣に座るだなんて、と焦る杏に、裕は笑った。
「この部屋には調度がない。別に構わぬ」
……優しい。
今まで意地悪だったのに、どうしてこんなにも優しいのだろう。
杏が彼を半ば呆然と見ていると、裕は質問を促した。
それを受けて、彼女は我に返る。
ぎゅっと掌を握り締めて、彼を見つめた。
「昨夜、私は殿下のお声を聞いて寝室に入り込みました。その前に、護衛の兵にいつものことだからと言われたのですが……。
もし私が聞いても良いならば、何があったのか、教えてはいただけませんか?」
おそらく、彼はこの質問を予想していた。
だから、昨夜のような泣きそうな微笑を浮かべて、裕は前を見つめた。
一度瞑目して、深く息を吐き出す。
「……そうだな」
吐息のような言葉が何を表しているのか、杏には分からなかった。
「雪が降ると思い出すんだ。だから、よく悪夢に魘される」
「悪夢……ですか?」
「愛しい女が母を殺した夢だ」
泣きそうに歪む彼の表情。
杏は息を呑んだ。
「いや、夢は夢でもただの夢ではない。
……実際に起こった話だ」
そうして、裕は杏を見やる。
彼の手が伸びてきて、それでも彼女は逃げる気にはなれなかった。
哀しい、色。
瞳が杏を覗く。
遥とは異なる、小麦色の癖毛。
それをふわりと指に絡ませた。
__唐突に、フラッシュバックする光景。
この小麦色が赤に染まる。
真っ赤に染まる、視界。
断末魔の叫び。
……耳に煩いほどのそれらを押し退けて、響く声音。
「……アンジェ__」
耳元で、裕が囁く。