闇夜に笑まひの風花を
「感謝するぞ、お前たち王子には。
此奴が絶望しなければ身体を乗っ取れなかったからな。ずっと待っていたのだ」

『お前たち王子』ということは、裕が杏に何かを言ったのだろうか。

遥は彼女を睨みつけ、叫んだ。

「杏を返せ!」

「もうこの身体は私のもの。
此奴の自我は、じきに消える」

ぞっとした。
それと同時に、怒りが湧き上がる。

杏を、こいつの好きにさせてたまるものか!

「杏っ!目を覚ませ、杏!!」

遥は杏自身に届くことを願って、声を張り上げる。
けれど、目の前の少女は笑い続けていた。

「いくら呼んでも無駄だ」

声を立てて、嘲笑う。
愚かな人間を。

遥は唇を噛み締めて、叫んだ。

「アンジェっ!」

ビクリ、と彼女の身体が震えた。
笑い声が途端に止む。

杏はわなわなと身体を震わせながら、腕を上げる。
それはひどくゆっくりで、彼女の中の葛藤が目に見えるようだった。

絞り出すのは、苦しそうながらもいつもの杏の声。

「……お……お前は、わた……しと契約を……したの、よ。それをや……破ることは、許さ……ない。私は、贄……よ」

中に浮いた手が拳を作る。
そして、傍の壁を拳で思いきり叩いた。

鈍い音が響く。

「私が居る限り、他の人に手を出さないでっ!!」

手加減なしの力で壁を叩き、叫んだ杏。
その瞳は、淡紅色に戻っていた。

遥は彼女に駆け寄り、彼女を抱き締める。
ふっ、と杏の膝から力尽きたように力が抜けた。
気を失う寸前、彼の耳元で杏は囁く。

「ごめ……なさ……」

吐息のような声。

崩れ落ちるその身体を支え、遥は膝を着く。
覗き込んだ杏は血の気を失ってはいるものの、呼吸はしっかりとしていた。
おそらく骨に多少の影響があったと思われる右手を包み込むと、杏は小さく呻いた。

きちんと生きていることに、安堵する。

そして、遥は強い瞳で中空を睨みつけた。

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